44.なに俺を前にして、勝手に決めてんのっ
翌日、俺は学校に登校して、教室に入り席に着く。うん、今日も俺が一番乗りだ。学校の中で、俺が一番好きな時間。それは誰よりも先に、教室に入ることだ。
あ~最っ高~。一人で教室を貸し切りしてるみたいで、満喫できるわ……まあ只自席でゴロゴロしてるだけなんだが。
「もしかして、アンタが影野ー?」
思考がそこで止まる。俺は声の聞こえた方へ目を向け、唖然とする。
誰だ? このクラスに、こんなバリバリのギャルみたいなのなんて、いないよな。彼女が俺の方へ歩きながら
「ねえ、アンタが影野かって聞いてんだけどー」
なんだコイツ? いきなり来て、名前尋ねるとか失礼すぎだろ。
「他人の名を尋ねる前に、自分の名前を名乗る……常識だと思うんですけど」
俺の言葉に彼女が吹き出す。
「あはっあははは……あーごめん。でもやっぱ予想通りだわー」
「予想通り?」
「アンタ、頭文字Dだねー」
頭文字D。なんだその、どこぞの豆腐屋が走り屋をしてそうなのは。
「ごめん。頭文字Dって何なんです?」
「童貞」
「ぶっ」
いくらなんでも失礼すぎだろっ……事実だから否定できないけどさ。ってかこの人……どう見てもギャルだよなぁ。制服着崩してるし、髪にピンクのメッシュを、片耳付近に一房だけ、入れてるし。それにしても
「今時、上着を腰に巻くもんなのか」
「流行りは取り入れるのが、常識だからー」
そうなのか。女子の事は、てんで知らないからな。勉強になるわ。俺は彼女の腰に巻かれている、淡い緑色のカーディガンを眺める。
「おー。さすが頭文字D。エロい事に興味津々かー」
「今のでそう思ってるなら……先輩ヤバい人ですね」
「あれー? アタシ、自分が先輩なんて一言も言ってないよー」
俺を心底不思議そうに見る先輩。
「なんとなく、年上の方かなと思ったので」
「そっかー」
なんなんだこの人は。さっきから、わざとなのか語尾を伸ばしてるし、気怠げなんだよな。これが世に言う、ダウナー人間か。それに加えて、ぱっと見ヤンキー女子にも見えるんだよな。
ヤバい人間に絡まれたな。ダウナーでヤンキーギャルとか、属性盛りすぎだろ。
「あ、あの……お名前を伺っても?」
「そういえば、名乗ってなかったねー。アタシは賀東桃。特別に桃ちゃんって、呼ばせてあげるー」
「よろしくお願いします。賀東先輩」
「強情だね影野はー」
再び、俺の苗字を口にする賀東先輩。俺、名乗ってないんだけどな。
「どうして俺の名を?」
「んー、君女子の間でちょっと有名だからー。因みにアタシ三年生ねー」
いや、ここでそれを言われても。というか、上級生にまで俺知られてるとか……なんか俺やらかしたっけ?
「さてと、今アタシ達だけだから、都合良いねー」
いつの間にか、俺の座っていた席の目の前に、賀東先輩が立っていた。彼女が両手を、俺の頬に添える。
「なに……する気ですか?」
「んー、気持ち良いことだよー」
そう言って目を閉じて、顔を近付けてくる。これはあれか。マウスToマウス……キスだな。
「初対面で、何考えてるんですか?」
俺はそう言って、賀東先輩の肩を掴んで、強引に離させる。
「あれ、もしかして影野ってー、身持ち堅いー?」
ニヤニヤ顔で賀東先輩が言う。身持ちが堅いとか以前の問題だろっ。今さっき知り合った奴にキスとか、何考えてんだこの人は。
「そういうの、他の男にもしてるんですか?」
「おっと、いきなりヤキモチかー?」
駄目だ。会話が成立しない。ギャルって皆こうなのか?
「ま、身持ちが硬くても無問題ー。強引にでも、頭文字D奪うからー」
んー? なんか、ヤケに俺の童貞奪う事に固執してるな。ギャルって、そんな童貞を狙う人種なのかっ!!
「おはよう悟……って、何この状況っ!?」
「あ、神崎さん。おはよう」
教室に入ってきた神崎さん。彼女はこの光景を見て、慌ててるけど……取り敢えず、挨拶は基本中の基本だからな。俺は、なり振り構わずしておく。願う事なら、とっととこの状況を終わらせてくれ神崎さん。
「あー人が、来ちゃったー」
「だ、誰? というか、悟から離れてよっ」
彼女はそう言いながら、俺と賀東先輩の間に、立つ。有り難いけど、なんでそんな血相を変えてるんだ?
「んー? あー、そういう感じかー」
ニッコリと笑う賀東先輩。その笑顔には。どことなく艶やかで、大抵の男ならころっと行くような、魅力を感じさせる。ま、俺には関係ないけど。
「何が目的? あ、いえそのまえに自己紹介が先ね。私は」
「神崎燈でしょー? アタシ達三年の間でも有名だよー。頭が良くて顔もカワイイ子が、居るってー、超有名だよー」
「三年生……」
「言葉使いとか、改めなくて良いからー。そういうの、ダルいしー」
気怠げに言う賀東先輩。この人、喋り方が常に気怠げなんだよな。喋るの面倒臭いなら喋らなきゃ良いのに。
「賀東先輩、貴女の目的は何ですか?」
毅然とした態度で質問する神崎さん。流石だな。ちゃんと先輩として、最低限敬ってる。
「それはねー、影野の頭文字Dを貰うことー」
「頭文字D?」
「童貞って意味ー」
「なっ」
んー、俺の視界には彼女の後ろ姿が映ってるだけだけど、分かる。今恥ずかしい気持ちで、いっぱいなんだろうな。
でもなんか安心した。このままだと、女の子全員が賀東先輩みたいな考えって、思い込む所だったから。
「悟は……悟は誰にも渡さないからっ」
そう言って、俺の真横に来て、腕を強く掴まれる。どういう状況これ?
「関係ないよー、無理矢理にでも奪うだけだからー」
賀東先輩がニヤリと笑う。細められた目から見える黒い瞳が、卑しく光る。
「絶対に奪わせませんからっ」
「勝負だねー」
あの……なに俺を前にして、勝手に決めてんのっ!?
「そろそろ他の生徒も来る頃かー、一旦帰るねー」
そう言って、賀東先輩は俺達から離れ、教室から去って行く。
「悟、いくら年上で魅力的だからって、絆されちゃ駄目だからねっ」
「……うん」
俺はこれからが面倒臭くなるなあと思うのであった。




