38.近頃の燈は見てて綺麗よね……ホント恋って凄いっ
今回はメインヒロインの母親、神崎薫視点です。
〈神崎薫side〉
「お帰りなさい二人とも~。相変わらず仲が良いのねぇ~」
〈喫茶カントリー〉の扉から燈と悟君の姿が見えて私の心が軽くなる。だって私にとって燈は……命に代えても守ろうって、決めてるんだから。
「その感じだと……付き合ってる感じ?」
私の言葉に、悟君は無表情。対する燈は耳まで赤く染めて、口をパクパクさせている。うん、私の娘は今日も可愛いわね~。
「ま、ママッ」
「違います」
私に不満を打つけようとした、燈に悟君が大きな声を出して、それを掻き消す。
「薫さん、冗談はよしてくださいよ。神崎……いえ、燈さんとは只の友人関係ですよ」
キッパリと断言する悟。そこまで完全否定をされると、悲しくなってくるんだけど。
「ふ~ん、燈も苦労するわね。素直に諦めれば良いのに」
「いやっ。私、振り向いてくれるまで頑張るんだからっ」
あの……恐らく俺の話なんだろうけど、本人のいない所でしてくんないかな? 振り向いてくれるまで頑張るって、俺何回か振り向いてるよな。
「薫さん、燈さんは頑張ってますよ。スポーツ、勿論勉学の方でも」
あぁー違うのよ悟君。燈は貴方の事を、真剣に向き合おうとしてるのよ。正直それが、正しい事だと自信を持っては、言えない。
燈もそうだけど、悟君にも有るんでしょ? 他人に簡単に打ち明けられないような過去を。
それを赤の他人の燈が、悟君の心の中に土足で踏み込まれたら、怒るかも知れないわね。でもね悪いけど私、燈を全面的に応援するわ。
「悟君、燈のこと頼むわね」
「は、はあ」
「燈は、誰よりも特別優秀っていう訳じゃないわ。勉強だって毎日してるし、運動神経は人によるけど、朝と夕方にランニングしてたからかしら」
自分で言ってて懐かしくなる。生まれた燈を見て、この子が将来どの職に就いても、困らないように育てよう。と夫と誓った事を。
胸を切り裂かれたかのように、痛みが広がる。そう、あの頃は楽しかった。幸せだった。普通の家族だったのよ。いつから……いつから壊れてしまったのかしらね?
「ママ、大丈夫?」
私の様子が変だと思ったのか、燈が傍まで来て、顔を覗き込まれていた。悟君を見れば、不安そうにこちらを見ている。
「ママ、疲れてるんじゃない?」
「そんなこと……」
「良いからっ。悟と席で座って、休憩してなよ」
「ちょ、燈っ」
呼び止めるけど、燈は無視して、厨房に入っていく。全く困るわ。娘に気を遣わせちゃうなんて、母親として半人前ね。
「えっと、いつもの席にしても、良いですか?」
しどろもどろに、私と一緒にその場に取り残された悟君が、尋ねてくる。
「ええ。構わないわよ」
私は毅然と答えると、いつものテーブル席に向かう。その後を、追い掛けてくるように、悟君の足音が耳に響く。
「さて、と……最近、燈とはどうかしら?」
お互いテーブル席に着いて、私は無遠慮に聞く。こう言う時は、無駄なことは省いて聞くのが、一番なのよね。
「どうかしら? と言われても、俺と神崎さん……いや、燈さんは単なる友人関係としか」
真面目な顔をして答える彼を見て、私は思う。燈が人間不信なら、悟君は何に当たるのかしら?
燈から彼のことは、毎日聞かされてる。娘の言うように、悟君は近年の男の子みたいに、ギラギラしていない。下心という物が一切感じられない。でもそれっておかしいわよね?
燈は親の贔屓目を抜きにしても、良い子だと思う。見た目も文句なしに良いし、性格だって悪くない。最近では、好きな人が出来たことで、更に可愛さに磨きが掛かっている。
なのに、悟君は全然心を揺り動かされたりしないのかしら?
「あ、でも」
そこで一旦言葉を句切る悟君。でもって何? 悟君なにを言おうとしてるの?
「ずっと隣にいるって……燈さんは、そう言ってくれました」
ずっと隣にっ!? しかも燈……それもうプロポーズみたいな物なんじゃっ!!
「それにお互い、抱えてる闇を打ち明け合おうみたいな事を、言ってましたね」
「そう……」
燈が決めたことなら、私としては何も言えない。それに悟君と知り合ってから、良い方向に変わったわ。
近頃の燈は見てて綺麗よね……ホント恋って凄いっ。
「悟君」
「なんですか?」
私は、まじまじと彼の目を見る。そんな私を悟君は、逃げもせずに見つめ返してくる。
「悟君も大変だって言うのは、なんとなく分かるけど……燈のこと頼んでも良いかな?」
私の言葉に彼は頬を緩めることなく
「はい」
と短く返事をする。その返事を聞いただけで、私は安堵した。この子は、真剣に娘の事を考えてくれてるんだと、心から信じられた。悟君なら、燈が躓いた時必ず力になってくれる。助けてくれる。
「燈さんが隣にいるって言ってくれたので、俺は彼女を幻滅させないよう……誠心誠意頑張ります」
そう言って頭を下げる悟君。燈から聞いてたけど、全くこの子は。自分より他人を優先しすぎる……優しすぎる子。
今まで、そんな生き方を貫いてきたの? 心が砕けそうにならなかったの? それ以前にそんな考えにさせちゃう環境って……。
「これからも燈を宜しくね」
まあ、第三者の私が考えても仕方ないか。それは、いつになるのか分からないけど、燈に打ち明けてくれる筈。
「お待たせ~。珈琲出来たよっ」
その時燈が受け止められるかは、分からないけどね。困ってたら話くらいは聞いてあげよう。
私は厨房から、珈琲を運んでくる娘を見ながら、密かにそう思うのだった。うん、今日の娘も最高に可愛いわねっ。




