34.悟は私から離れたら駄目っ
「悟、おはよ~っ」
「……おはよう」
夏休みを終えて、学校初日。体育館で始業式が行われるから、俺は早めに来て待機していた。人が少ない内に、自分の居場所は確保しとかないと。
結果的には人でごった返して、もみくちゃになるけど、問題はそこじゃない。早めに来て自分の居場所を確保するか、遅めに来てもみくちゃになりながら、自分の居場所を確保するか、そのどちらが楽かって話だ。
俺は楽を求めて早めに来て待機する事を選んだ。まさか、神崎さんも早めに来るタイプだとは思わなかった。
「ふふっ」
神崎さんが俺を見て、笑い出す。俺今笑わせるような事したっけ? 俺が疑問に思いながら見ていると
「悟だったら、早く来てるだろうなって、思って早めに来たけど……思った通り居てくれて、嬉しくなって笑ったのっ」
「……っ」
おふっ。朝から眩しい笑顔を、俺に向けるのは止めてくれっ。っていうかあの花火大会から、ナチュラルに悟呼びなんだよなこの人。
「おい、アレ」
「なんで、あの二人仲よさそうなの?」
「クソッ。神崎さんは、非モテ地味陰キャが好きなのかっ」
なんかあらぬ所から、羨望と妬みの言葉が飛び交ってるんだが。いや、当然そうなるよね。
だって、学校一成績優秀スポーツ万能で、しかも飛び切りの美少女が、こんな地味な人間に話し掛けてたら、いやでもそういう話題は出るよな。
でも、皆……もう少し、オブラートに言ってくれないか。いやその前に、本人達の居る前で堂々と言わないでくれ。
「神崎さん、離れた方が良いと思うよ」
俺はやんわり伝えて、彼女から離れようとする。俺が離れようとするのを見て、神崎さんは俺の手をギュッと強く掴んで
「……むぅ」
と唸る。おっと……なんでか分からないけど、神崎さんご機嫌斜めみたいだ。今のどこに、機嫌を悪くさせるみたいな所が有った?
「悟は私から離れたら駄目っ」
そう言うと神崎さんは、俺を引っ張る。気付いたら、俺は神崎さんの身体に、すっぽり埋まるような形になっていた。
それを見た周りの生徒達が、騒つきだす。おいおい、止めてくれ。俺はこれ以上、目立ちたくないってのに。更に被害が広がるじゃんかっ。
「おーおー、俺達以上に熱いじゃねーの?」
「ホント。見ててこっちが、胸焼けしそうなくらい」
声のする方へ目を向けると、太一と石原先輩がいた。仲睦まじく腕を組んで。
「太一おはよう。石原先輩、おはよう御座います」
「おはよう」
「こんな状況でも律儀ね。おはよう」
二人は、楽しそうに挨拶を返してくる。
「あのぅ。出来れば二人とも、助けて欲しいんだが」
俺がそう告げると
「諦めろ。悟」
「そうね。助けたら燈ちゃんに、嫌われそうだから。無理」
そ、そんなぁ~っ。
背後にいる神崎さんが俺の腹部をギュッと両手で掴みながら
「言ったでしょう? 悟は私から離れたら駄目って」
「わ、分かったよ。離れないからせめて……後ろからの抱擁は、解いてくれない?」
「だ~めっ」
神崎さんが甘い声で駄々を捏ねる。
「いやでも流石にこれは……」
「ダメダメッ。だって悟、めっちゃくちゃ抱き心地が良いんだもん。今日ずっとこうしてたいくらいっ」
そう言って神崎さんは、俺の肩に顎を乗せてくる。女の子特有の香りなのか、分からないけど甘い匂いが、俺の鼻腔を擽る。
というか、今背中に神崎さん身体を押し付けてるんだよな。途端に意識が背中に向く。当然背中に伝わる感触にも向くわけで。俺は如何わしい気持ちに、なりかけている自分に叱咤する。
駄目だぞ俺っ。このまま流されて、ずっとこの状態で周りに晒されたら、この先の高校生活……死ぬ未来しか見えない。
「どうしたの? あっ、耳真っ赤になってる。悟、可愛い~っ」
神崎さんはそう言いながら、俺の耳に自身の頬をスリスリさせてくる。それを見た周りの生徒達がまた騒つく。
「神崎さん、流石に皆に迷惑掛けるから」
「え~迷惑ぅ? 周りとか関係ないじゃんっ」
「いやその……周りに晒されてる俺の気持ちも考えて」
「むぅ。じゃあ、二人っきりだったら……もっとギュッてしていい?」
くっ。耳元で甘えるように、そんな事言われたら……断れる訳ねえだろうがっ。
「う、うん。ここじゃなかったら、沢山……ギュッてして良いから」
「言質取ったからねっ」
嬉しそうに耳元で囁いて、回されていた神崎さんの腕から、力が抜けていく。ふぅ。やっと、この地獄から解放される。
「……じゃあ最後に、カ~プッ」
と言うと次に、ずっと間近に聞こえていた耳に、甘い刺激が襲ってきた。俺は驚いて神崎さんから離れる。そして噛まれた耳に手を当てながら、神崎さんに振り返る。彼女は満面の笑みを浮かべて
「ご馳走様でしたっ」
いや神崎さん……アンタ、なんてことをしでかしてんだっ。
俺は、今の光景を見た周りの生徒達の騒めきを聞きながら、今後の高校生活は大変だなと、俺は始業式初日にして苦悩するのであった。
まあ、俺もある意味で良い思いしたし、神崎さんも楽しそうだし……良しとしますかっ。




