33.私の願いはね
今回はメインヒロイン視点です。
〈神崎燈side〉
私は影野に手当てをして貰いながら、空を眺める。
夏で一番気に入ってる瞬間が、私にはある。それは夕暮れ時から、真っ暗な夜に切り替わる瞬間。太陽が消える最後まで、激しく自分の存在を主張する。
太陽が消えると、日中暑かったのが嘘のように、気温が若干下がる。これは何度体験しても、楽しいな。しかもそれを、影野と一緒に体験出来るなんて。
川辺の方から灯りがポツポツと見える。きっと、出店が始まったんだ。もうカットバンも貼って貰ったことだし、今日の一大イベントを満喫しよっ。
「影野、お祭り……始まったね」
「そうだね」
影野の隣に立って、チラと横顔を覗き込む。その顔は子供みたいに、物珍しい物を見つけて好奇心に、満ち溢れた顔をしていた。
こんな、顔も出来るんだ。いつもは、なんか澄ました顔だから。今日お祭りに来れて良かったな。影野の知らない一面を知れて……好き。
「影野……もしかしてだけど。こう言う場所、初めてだったりする?」
「あのさ神崎さん。否定はしないけど、なんで俺の顔に思い切り近付いて、周りの人に誤解を与えそうな、言い回しをするんだよ」
影野は視線を、私から逸らして抗議する。でも影野……耳真っ赤だから、これは不服と言うより、ただ照れてるだけって事だよね。可愛い……好き。
「影野行くよっ」
私はそう言って影野の手を握る。勿論恋人繋ぎで。もう……なんでこんなにアピールしてるのに、気付かないのよ。そこもヤキモキさせられて、最近この関係も悪くないかなって、思ってるんだけどさ。
「あ、林檎飴に綿飴っ」
私はいくつもある屋台の中で、キラキラと屋台の灯りに照らされた、林檎飴。その隣に白くてフワフワとした雲のようなお菓子……綿飴。この二種類がある屋台を見付け出す。
「何あれ?」
戸惑うように言う影野に私は驚く。
「影野、こう言うお祭りは、本当に初めてなの?」
「物心つく前には、何度かお祭り行ったことは、有ったんだろうなぁ」
どこか遠くを見る目をしながら言う影野。やっちゃった。多分触れちゃいけない部分だ。
「影野……」
「ごめんごめん。物心ついてからは来たことないから、今日初めてだよ。神崎さん、今日俺の事を誘ってくれて、ありがとう」
影野が優しい笑みを浮かべる。でもその顔はどこか脆くて、今にも崩れ落ちそうなほど頼りない。
影野……こんな顔初めて見た。いつも仏頂面の顔しかしてないのに。なんでそんな顔をするの。
「神崎さん?」
私は影野を優しく抱き締める。この前もそうだったけど、影野は中肉中背で抱き心地が良い。でも今これ以上力を込めたら、簡単に壊れてしまいそうで、逆に怖い。
「……影野」
「なに?」
「辛かったら辛いって、悲しいんだったら悲しいって、言って良いんだよ?」
「……っ」
影野の身体が硬くなる。警戒してるんだ。そうだよね。誰にも触れて欲しくない所って有るよね。
「……離せよ」
突き放すように影野は言う。その声音は絶対零度。聞いただけで私の身体が強張って動けなくなりそう。でも決めたんだ。影野の事を知るって。
影野に、どんな過去があるのか。多分今日は聞けないし、教えてくれる機会は来ないかも知れない。でも
「大丈夫だよ。影野……私はずっと影野の隣にいるから」
だって、私の願いはね……出来れば一生、影野の隣にいることなんだから。
私は影野の背中に左手を回して摩る。右手は撫で触りの良い頭に手を置く。
強張っていた影野の身体から力が抜けていく。
「ごめん……酷いことを言って」
「ぜーんぜんっ。影野は酷い事なんて言ってないよ~」
私はそう言いながら、影野の背中と頭を撫でる。そして考える。
影野が極力、人と関わりを持たないのは……脆い部分を見せない為なんだなって。
影野が感情を基本出さないのは、必死に心の奥で抱えてる孤独感……闇を抑え込んでるんだ。だったら私に出来ることは
「……影野」
「うん」
「いつかさ……影野に私の抱えてる闇を打ち明けるときが来ると思う」
「うん」
影野が頷く。私の首筋に影野の吐息が掛かる。少し生暖かくて擽ったい。
「その時、影野は逃げずに正面から、受け止めてくれると思う」
「なんでそう思うの?」
「だって……影野は優しいから」
私は、これまでのことを振り返る。影野と会った時、私は信じられなかった。今までの男の子は、私と接点を持つことに、必死になっている人ばかりだったから。
だから影野がなんの見返りもなく、助けてくれたことに驚いたし、興味も湧いた。影野の事が気になった。知れば知るほど、タイプの男の子だなって感じて、気付けば独占欲が強くなっちゃって。
でもそれだけじゃ、影野の事を全部知ったとは言えない。
「だからね影野。いつかさ、影野の抱えてる闇も教えてよ」
私の言葉に息を呑む影野。私は気にせず続ける。
「私は影野みたいに、真っ直ぐ受け止められる自信はないけどさ」
「なんで……俺にそこまでしてくれるの?」
影野が私の顔を見てくる。その表情は暗くて、今すぐ泣き出しそうな、顔をしていた。
「それはね……悟が私を変えてくれたからだよ」
私は、出来る限りの笑顔を浮かべて、答える。そう、私は悟と出会って変わった。今までの私じゃ、考えられないくらいに百八十度。
「そっか……ありがとう」
影野が静かにそう答えると、私の肩に顎を乗せてくる。
うわぁ。影野無意識なんだろうけど……めちゃくちゃ可愛い。まさか影野の方から甘えてくるなんてっ。
「ふぅ。じゃ、祭りを楽しもうか」
少しして、影野が私の身体から離れる。もう影野の甘えん坊タイムは、終わりか……今さっきまで、乗っていた影野の顎の感触が消えて、少し寂しい。
それからは、私達はお祭りを楽しんだ。イチゴ飴と綿飴を、それぞれに買って食べて、お互いに食べ合わせたりもした。これだけでも十分楽しかったけど。
その中で一番嬉しかったのは、射的で影野が私が良いなあって思った、脇に抱えるくらいの大きさの、ピンクのウサギのぬいぐるみ。私はそのウサギ……うさちゃんを片手に、もう片方の手は影野の手で埋まる。
あぁ……凄い幸せ~~~っっっ。
そう思っていると遠くから、ヒュ~ッという音が耳に届く。聞こえた方向に、影野も私も顔が向く。
――パーンッッッ
夜空に綺麗な深紅の大輪……花火が打ち上がる。私はその光景を見て、胸を打たれた。毎年見てるはずなのに、今年は違う。
だって今年は……隣に影野がいるから。
最初に打ち上がった花火を皮切りに、次々と色鮮やかな花が夜空に、色付いては消えていく。私はそれを見ながら、握っている影野の手に更にギュッと、力強く握る。
「ねえ影野」
「なに?」
私も影野も、今も打ち上げられている花火を、見ながら会話を続ける。
「来年もさ、影野。この景色を見に来ようねっ」
「うん、そうだね」
影野が私の手を、優しく握り返してくる。神様お願い。私の願いを……どうか叶えて。
私は夜空に色鮮やかに、咲き散らしている花火を見ながら、神様にこっそりと祈った。




