32.子供っぽい神崎さん、めっちゃくちゃ可愛いですっ。
「じゃあ立つね」
「……うん」
俺は神崎さんに確認を取ると、浴衣越しといはいえ、両太股に手を掛ける。
「影野のえっち」
神崎さんの両腕が、軽く俺の首に触れる。
落ち着け俺。神崎さんは戯れてるだけで、今の言葉も揶揄うのが目的で、大した意味なんてないはずだ。
俺は神崎さんの言葉を無視して、両足両手に力を込めて立ち上がる。
そしてベンチに向けて歩き出す。
「影野私……重くない?」
心配そうに聞いてくる神崎さん。うーんこの場合どう答えれば良いんだろうか? 彼女は、僕より背が高い。だからその事を、気にして言ってるんだろう。
実際の所は軽い。神崎さんは背が高いけど、モデルのようにすらっとしているから、当然と言えば当然なんだが。
寧ろ手に伝わる布越しの腿の感触とか、背中に感じる胸の感触の方がヤバイ。首に彼女の息が当たるわ、香水でも付けてきたのか、バラの甘い香りが、俺の鼻腔を擽る。このままでいたら、変な気分になりそうだ。
うん、決めた。いつも揶揄われてることだし、これくらい許されるだろう。
「うん、重いね」
「そこは重くないよって言わなきゃダメッ」
神崎さんが俺の頭をぽかぽか叩く。本気で叩いてる訳じゃないから、痛くない。俺は無視してベンチの前に辿り着く。
「ほら着いたよ」
俺はそう言ってベンチに、そっと神崎さんを下ろす。
「ありがとう……でもよく分かったわね。私が足を痛めてること」
神崎さんが不思議そうに、俺を見ながら聞く。
「途中から歩くペース変わってるし、歩く度に何かを必死に堪えてる顔、してたからかな」
俺はここまでの事を思い出す。正直川に向かう途中で、腕に胸を押し付けられたのは、想定外だった。
お陰で恥ずかしくて、俯いたまま歩くことしか出来なかったし。でもそのお陰で気付けた。
歩くスピードが段々ゆっくりになっててること、チラと横を見れば歯を食いしばって、何かに耐えてる様子。
それに、本人は気付かれてないと思ってるみたいだけど、小さな呻き声が聞こえていた。それは本人に伝える気は無いけど。
「見てないようで私の事……ちゃんと見ててくれてたんだねっ」
俺の言葉を聞いた神崎さんが、大輪の花を咲かさんばかりに、顔を輝かしている。
「あのさ神崎さん」
「ん?」
キョトンとする彼女。
「笑顔になるのは良いんだけどさ。俺の頭を撫でる必要は、無いんじゃないの?」
そう、俺は神崎さんの足の具合を見るために、座っている彼女より低い位置に居る。
「え~、駄目なの?」
「だ、駄目じゃないけどさ」
あからさまにガッカリされたので、慌てて弁解する。神崎さんは瞳を潤ませて
「じゃあまだ……ナデナデしてていーい?」
と言われ、俺は胸をギュッと締め付けられる。神崎さん……その言い方はズルくない? 可愛すぎて、そんなの誰も否定できないだろう。俺は早まる鼓動を必死に落ち着かせながら
「別に構わないけど……そういう事を言うのは、彼氏だけにしときなよ」
と言って俺は両ポケットに入ってる物を取り出す。コンビニで念のためと、買っておいた物だ。まさか早速役に立つとは思わなかったが。
「消毒液とカットバン?」
「下駄履いてるから。もし怪我でもしたら、大変だなって思って」
「……」
神崎さんは無言で俺の頭を、さっきまで片手で撫でてたのを、もう一つ増やして撫でてくる。それもゆっくり優しくだ。まるで俺を大切だと言わんばかりの撫で方をしてくる。
「なぜに、両手で?」
「なんでだと思う?」
質問に質問で返されても……俺は満面の笑みを浮かべている神崎さんを見る。その表情は、彼女の持つ銀髪の輝きに、負けないほど眩しい。神崎さんは目を細める。
「影野が優しいから……こうしたくなるんだよ」
そう言って片方は頭を撫で、もう片方は俺の頬を擦ってくる。
俺が優しいから……今のどこに優しい部分が有ったんだ? 俺は神崎さんから視線を外して
「下駄脱いで……じゃないと傷見れないから」
と言う。すると
「むぅ……」
と拗ねた声が神崎さんから出る。なんで今ので拗ねてるんだこの人? 俺は再度彼女に視線を向ける。すると詰まらなさそうな顔をしている神崎さん。でもすぐに笑顔になって
「か~げのっ……両方脱がして~」
と甘えた声で言う。またか……これ、絶対に俺の事を、イジって楽しんでるだろ。まあ仕方ない。付き合ってやるか。
どうせ、海行った時にオイル塗ったのもあって、抵抗感も薄れてることだし。俺はそっと、下駄と神崎さんの踵に手を添える。
「ひゃっ」
可愛らしい悲鳴が上がる。今どういう表情をしているのか、気にはなるが無視だ無視。
「もう、いきなりとか。影野ったら……ご・う・い・んっ」
神崎さん。その言い方は、周りの人に誤解を与えるとです。まあいいや、俺は無視して、下駄から神崎さんの足を、脱がすことに集中した。
「あ、両足とも、親指と人差し指の間が、擦り剥けてるね」
俺は、神崎さんの両足の怪我をしている部分を、交互に見やる。
「そんな真剣な目で見て……舐めたい?」
「神崎さん。冗談言ってる場合じゃないから」
まあ確かに、唾でも付けときゃ治るって、昔の人は言ってたから療法としては、間違ってないんだろうけど。
俺は消毒液の入った容器を手にして、フタを開ける。消毒液特有のツンとした匂いが鼻腔を擽る。
俺はその香りを無視して神崎さんが、傷付いてる部分に消毒液を、垂らしていく。
「んっ」
止めてくれ。今の男子高校生は、今の声だけでも好意を、持たれてるんじゃないかと勘違いするからな……と、言いたい。
でも俺が根が陰の者だから言えねぇ、でも礼儀として、言わなきゃ駄目か。
俺は意を決して神崎さんの顔を見る。苦悶に耐えてる顔がそこには有った。そうだよね。消毒液を傷口に垂らしたら、居たいよね。
俺は、スイマセンと思いながら
「神崎さん。今みたいな声出したら、大体の男子高校生は、勘違いするからね」
と、柔らかく注意する。神崎さんは俺の言葉を受けて満面の笑みを浮かべて
「影野にだったら……勘違いされても良いよ」
もう……そんな小悪魔的な表情で言うから、世の男子高校生は、勘違いするんだよ。自分の美貌理解してるっ!? 俺でも相当キツいかんねっ!?
「そう言うこと、俺だけだから聞き流すけど……本命だけに言いなよ」
俺は冷静にそう答えると
「……むぅ」
そこには、少し拗ねた……っていうか、凄く拗ねている神崎さん。
「な、なんで拗ねてるのっ?」
俺がそう聞くと
「影野って本当鈍感だよねっ!?」
とやけっぱちに答えられる。俺はどう対応したら良いか分からず……あたふたするけど、これだけは言わせて貰おう。
――子供っぽい神崎さん、めっちゃくちゃ可愛いですっ。
俺は夕暮れに照らされる、ピンクの神崎さんの浴衣姿を見て……本能をギリギリまで、抑えてそう思うのだった。




