30.こんな銀髪浴衣美人を背にした花火……絶景じゃねえかっ
約束の当日、俺は朝から着ていく服を選ぶために、服が納められてる衣装棚を開いて、試行錯誤する。
「うーん、何を着ていくべきか」
俺は基本ラフな服しか着ない。理由は簡単何も考えずに、楽に着れるからだ。でも今回はそういう訳には、いかないような気がする。
これから向かうのは、打ち上げられる花火のために、用意された出店に行くのだ。
しかも一人じゃない。神崎燈という銀髪美女を、伴って行くんだ。その隣に見た目のパッとしない、服装もダサい男がいる……その光景を想像するだけで、なんだか申し訳ない気持ちになる。
神崎さんの隣にそんな俺が居たら、恥ずかしい思いをさせるんじゃないか? この前の遊園地だって、周りの人が思った事だろう。
――なんでこんな美人が、こんな地味な男と親密そうにしてるんだ、って。
だからそう思われないように……身だしなみは、しっかりしとかないとな。
でもどういう服装が神崎さんに恥ずかしい思いをさせずに済むんだろう? 髪型は前にしたので良いから、本当後は服なんだよなぁ。
俺はスマホを取り出して夏の流行りの服装を調べる。教えてくれ、ネット先生っ。
ふむふむ。ネット先生によればバンドカラーシャツに紺色のズボンか。そもそも俺、その種の服持ってんのか?
俺は衣装棚を探る。紺のズボンは有ったけど、バンドカラーシャツは持っていない。
「仕方ない。買いに行くか」
俺はそう決めると財布と鍵を手に取り、近くの服屋に出掛ける。良かったー近くに商店街が有って。
「いらっしゃいませ~っ」
古びた商店街の中で、比較的小綺麗な服屋に入る。内装は清潔感に溢れていて、種々様々な服が奇麗に整頓されていて、その光景を眺めていて落ち着いた。
「あの」
俺は店員に声を掛ける。小綺麗な服装に薄化粧をしている、可愛らしい三十代前後の女性店員が、ニッコリ笑う。
「はい。如何なさいました?」
「あの、バンドカラーシャツという種類の服を探しているのですが」
俺が躊躇いがちに尋ねると
「失礼ですが、彼女さんに見せるのですか?」
ん? この人めちゃくちゃ、グイグイ来るじゃん。最近の服屋の店員って、こういう感じなの?
「ま、まあ。そんな感じ……ですね」
「きゃあっ。青春してますねっ。バンドカラーシャツは此方になりますっ」
店員はウキウキしながら、俺の要望した、バンドカラーシャツのコーナーに導かれる。
其所には真っ白な服に、コバルトブルーの服、そして灰色に近い色のバンドカラーシャツが、ズラリと並べていられている。
「下は何で会わせるつもりですか?」
「えっと、紺色のズボンで合わせようかなと」
「なら此方のコバルトブルーが、良いかと思います」
そう言われて、女性店員はコバルトブルーのバンドカラーシャツを、目の前に掲げてきた。
そのコバルトブルーのバンドカラーシャツは、襟羽根がなく首元が帯状になったデザインが特徴。
深い水底を思わせるコバルトブルーのシャツ。俺はそのシャツを手に取る。絹のように柔らかい感触が手に伝わる。
「なんか見ていて、落ち着く感じの色合いですね」
「コバルトブルーは深い海を思わせる色合いで、ストレス軽減の効果もあるんです」
「へえ、そうなんですか」
これなら紺色のズボンと合うかな。上に薄手の白のカーディガン羽織れば、それらしく見えるだろ。
「これ下さい」
「お気に召しましたか? と言うか、お客様ならそれを選ぶと思いました」
ニコニコしながら女性店員は言う。
「なんで俺がこれを選ぶと?」
「コバルトブルー……と言うか青には意味が有りますから」
「意味?」
俺は女性店員を訝るように見る。
「意味は知性と冷静と言う意味があります。お客様にピッタリだと思います。それに、彼女さんも喜びますよ」
「……そうですか」
俺はそう言いながらレジへ向かう。女性店員が俺を追い越して、レジで待機している。
俺は会計を済ませながら考える。知性? 冷静? 俺にそんな物が有るとは思えないんだが。
それにこれは、神崎さんを喜ばせる為ではなくて、隣を歩いていても恥ずかしくないように、する為のお洒落だ。
まあ……俺がお洒落をしたところで、たかが知れているんだが。
買い物を済ませた俺は、店内を出て商店街を後にし、家に帰る。
「さてと、じゃあやりますか」
俺はそう言うと洗面台に行き、ワックスと櫛を取り出す。この前と同じで、センターで前髪を左右に分ける。両目の端に髪が掛かるように。
「よし、これで良いかな」
俺は洗面台の鏡で髪型を、チェックして俺の中でOKサインが出て、俺は洗面台から離れる。そしてスマホのディスプレイを見て、時間を確認する。
「十五時か……」
神崎さんとの待ち合わせは十七時で場所は、九十九高校の近くに川があって、そこの川沿いが花火を眺めるスポット。そこで沢山の出店が出るらしい。
神崎さんはいつも、毎年薫さんと一緒に見ているらしい。と言う事は、薫さんも一緒に来るって事か?
「ま、そんな事考えても仕方ないか」
俺は玄関に向かい、靴棚を覗く。中には、黒の靴紐が付いてるタイプのスニーカーと、白の靴紐のないスニーカーが有る。この二種類とか靴持ってないとか俺やべえな。
「まあ、紺のズボン履くし……黒で良いか」
上がコバルトブルーで下が紺で、靴が白とかバランス悪すぎでしかないしな。
「大分早いけど、行くか」
今言ったら川で、出店の準備をしてる風景が見れる。それを眺めるのも楽しいのかも知れない。
俺は家から出て駅へと向かう。いつもの通い慣れている、レトロな雰囲気の商店街を通り過ぎる。
途中楽しそうにしている家族を見て、俺の胸がチクリと痛む。
駅に着いて俺はすぐ改札口にスマホを翳してホームに入る。そして次の電車が来る時間が載っている電光掲示板を見る。
「後、十分か……」
俺は傍にあった時計と電光掲示板を見比べて口にする。そして周りに目を向ける。
周りには、カップルや家族連れの人が多い。それを見て俺は思う。
――ああ、俺は孤独だな。
俺は虚しい思いを胸に、俺はスマホでネットサーフィンして、電車が来るまでやり過ごす。
――キイィィーーーッッッ
急遽しい音を立てて電車が入ってきて、やがてゆっくりと止まる。そして俺の近くの扉がプシャーッと、音を立てながら開く。
迷わずに開かれた扉を通って、車両の中に入る。中は冷房が効いていて、涼しいけど沢山の乗客が押しつ押されつの、押しくら饅頭状態で暑苦しい。
でもさっきまで、感じていた孤独感が紛れていく。だけど、その度に俺の中の何かが悲鳴を上げる。
心の中の自分が泣き叫ぶ。いつまでお前は生き続けるつもりだって。俺にとって大切な人達は居ない。
生き続ける度に疑問が湧く。俺なんて誰も必要としていないんじゃないかって。
九十九高校の通学路に使う駅に電車が止まる。俺は迷わず外に出る。
外に出た瞬間に今まで、人がギュウギュウ詰めにされた、狭い空間から抜けられたことにより、俺は開放的な気持ちになる。外の新鮮な空気が、俺の鼻を通り胸や頭に浸透していく。
「じゃあ学校方面に行きますか」
俺は改札口を抜けて駅の外へ出る。学校方面に向かう途中
「あれ、悟君じゃない」
と声を掛けられる。
「薫さん、こんにちは」
俺は挨拶をしながら考える。そうか。ここは商店街に近いから、薫さんが居るのも当然か。
「こんにちは~。今日はお洒落してきたのね」
ニコニコしながら薫さんは俺を見る。それだけじゃない。周りの人が……特に十代から三十代くらいの女性達が俺を、チラチラ見るかジックリと見ている。
「こんな光景、燈には見せられないわね」
薫さんが苦笑する。薫さんの着ている服装もあってか、とても似合う。
薫さんは上を手触りの良さそうな素材で、なんて言ったかな。シフォンって言った気がする。下は足下まで隠れる水色のロングスカート。
何より目を引くのが首元に掛けられた銀のネックレス。そこから服に目が行って恥ずかしくなる。透けて下着が見えたからだ。
まさか、透けて見えるほどの透明感があろうとは。俺は慌てて目を逸らす。
「あら、ごめんなさい。こんなおばさんの服、ましてや下着を見ても嬉しくないわよね」
苦笑しながら薫さんは言う。どうやら服の特性については、理解しているらしい。
でも若々しい服装をしているけど、決して派手すぎず落ち着いていて、薫さんに凄い似合ってると思うけど。
「いえ、とても奇麗で似合ってると思いますよ。薫さん」
俺がそう伝えると薫さんはキョトンとした顔をする。その顔を見て、やっぱり神崎さんと親子なんだなと実感する。
薫さんは大輪の花を開花させるように、とびきりの笑顔を浮かべる。
「もう本当に……悟君は良い子ね。燈が羨ましいわ」
なんでそこで神崎さんが出るんだ。別に彼女は関係ないだろう。
「そうだわ。まだお祭りまで時間が有るから、家に来ない? 今日は休みにしてるから」
薫さんはそう言うと、俺の手を掴み引っ張る。どうやら俺には拒否権がないらしい。そして神崎さんの母親なだけ有って、押しが強いな。
俺はそんな薫さんの後ろ姿を見て、思い出す。この前電車で、チラッと見た他の乗客が見ていた、女性雑誌に書いてあったな。
「薫さんもフェミニンファッション、するんですね」
「あらあら。悟君は意外と物知りなのねえ……でも燈の前で言わないでね。あの子目キラキラさせて暴走しそうだから。それに、嫉妬の目を向けられても困るし」
いやいや、何言ってんだこの人。神崎さんが今の発言聞いて、暴走しそうなら止めてくれよ。それに薫さんに嫉妬の目を向けるのは、訳が分からん。
「でもその前に悟君も燈もお互い会ったら、喜ぶこと間違いないわね」
俺はその言葉に訝っていると、薫さんと神崎さんの店兼家の〈喫茶カントリー〉の出入り口の前に辿り着く。
「驚かないでね、悟君」
そう言って薫さんは、店の出入り口の扉のノブに手を掛けて開ける。
「お帰りなさい。マ、マ……」
明るい感じの声が途中で強張り固まる。勿論表情も同様に、笑顔だったのが戸惑った顔に変わって固まっている。
俺は神崎さんの着ている服装に自然と目が向く。
全体的に桜色の浴衣。その色は淡くて、どことなく儚げで、守ってあげたくなる。そんな庇護意識に駆り立てられる。
その浴衣にはハイビスカスが一定の間隔で描かれていて、華美になりすぎない絶妙なバランスで、配置されていた。それになんと言っても、そのハイビスカスの柄の色の種類だ。
赤、青、モノクロ、オレンジ。見ていて飽きない。
俺は今もなお困っている神崎さんの顔を見る。彼女は現状を認識して、恥ずかしそうな顔をして頬を浴衣と同じ、桜色にうっすらと染めていた。
俺はそんな神崎さんを見て思った。
――こんな銀髪浴衣美人を背にした花火……絶景じゃねえかっ、と。




