27.まさに夢のような出来事だなっ
「わあ~っ」
手を繋いでいる神崎さんが黄色い声を上げる。目の前に広がる光景はクルクル回るメリーゴーランド。
その奥にレールが複雑な経路で敷かれている。空中で螺旋状に作られたコースが三カ所ある。
そして最後に直角90度のコース。そこから凄まじい勢いで地面に突進していく。地面について縦から横に乗り物がなった瞬間、その着地地点では大量の水が待ち構えている。
加速の勢いも付いて横になった瞬間、水飛沫が大きく舞う。あの感じじゃ皆ずぶ濡れだろうな。俺はそう思いながら他のコーナーを見る。
中にはお化け屋敷とか定番と言えば定番だけど、観覧車が有るんだな。あ、コーヒーカップが有る。あれは出来ればカップル限定みたいな物だから俺としては避けたいな。
「影野あれに乗りましょっ」
はしゃぎながら言う神崎さんが指し示した場所は今まさに俺が敬遠したいと思っていたコーヒーカップのアトラクションだった。
おいおい、たった今避けたいって思ってた場所に行くのかっ。しかもあれ子供ばかりが遊ぶ場所だろう?
「イヤ?」
神崎さん。上目遣いをすれば俺が何でも言うこと聞くと思ってるな。よしここは一つ言い返してやる。
「……」
言えねーよ。そんなウルウルした瞳で困り顔で言われちゃったらさ、ノーなんて言える訳ねーよ。
「う、ん。行こうか」
俺がぎこちないながらも返事をすると、神崎さんは曇った顔が一瞬に満開の花を咲かしたような笑顔になる。
俺達はコーヒーカップのコーナーに行ってその内の一つに腰掛ける。
「神崎さん」
「ん、なに?」
神崎さんが楽しそうに聞いてくる。
「あのさこういうコーヒーカップって言うのは本来向かい合って座る物であって」
「私が影野の隣じゃ……ダメ?」
甘えるように言う神崎さん。
「別に駄目って訳じゃ、絶対に向かい合って座れっていうルールが有るわけじゃないし。ただ……近すぎない?」
神崎さんが隣に居るのは百歩譲って良しとしよう。たださ、なんで俺の腕に身体を押し付けてるんだよ。
全国の男の子だったら発狂物だからね。今すぐ奴らは己のリビドーを解き放ち獣と化すこと間違いなしだろう。
「だってこういう時しか、影野にアピール出来ないんだもん」
拗ねたように唇を尖らせ小声で言う神崎さん。俺はその顔を見て思う。本人は意識してないんだろうけど、あざといなって。
俺は何も言えずに目の前にあるハンドルを空いている手で握り締める。金属の固い感触が手に伝わる。
俺はそれをゆっくり回す。思ったより力を込める必要が無くて楽だった。
「あ、また無視して~」
そう言って神崎さんはハンドルを回してる俺の手すら取られる。そして
「こっちを見てよ」
と駄々を捏ねる。俺は仕方なく神崎さんに目を向ける。今日の神崎さんは上は前部分が黒で背中部分が白のTシャツ。
下は薄めのパステルピンクだ。ミニスカートから見えるスラリと伸びたミルクのような太腿。見てるだけで瑞々しさを感じさせる。
俺は慌てて視線を逸らす。おいなに俺は普通に神崎さんの太股をナチュラルにガン見してんだっ。これじゃ変態じゃんかっ。
俺はそう思いながら視線を釘付けになってる太股から外す。
「影野、こっち向いてよ~」
甘えた声で神崎さんはそう言って俺の膝を優しくポンポン叩く。くそ、こういう仕草も可愛いから手に負えない。俺はひたすら無視を決め込んで神崎さんに目を向けない。
「むぅ、強引にこっち向かせてやる~」
そう言って神崎さんが俺の顔を両手で挟み強引に振り向かされる。俺の視界に神崎さんの青い双眸が映り込む。
「影野の瞳って茶色いんだね。こんなにまじまじと見た事無かったから知らなかった」
ニッコリと微笑んで、俺の目まで覆われた髪を掻き上げて、唇が触れ合う距離まで顔を寄せてジッと俺の目を見てくる神崎さん。
「……っ」
俺は声にならない声を上げる。そりゃあそうなるだろ。こんな美人が至近距離で俺の目を見てくるんだから。耐えろという方が無理だろっ。
そう思っていると、コーヒーカップが動きを止めて周りでそれまで、他のコーヒーカップに乗っていた人達が下りて行く。
「さ、終わったみたいだから。早く次行こうか」
俺はそう言って、席から立ち上がり通路に出る。
「もう……でもそんな所もカワイイ~っ」
なんか後ろで騒いでるけど無視だ無視。周りの人が、なんか俺を見てる気がするけど、気のせいだ気のせい。それに大概の人は俺に目を向けた後、後ろの神崎さんを見ている人がちらほら居る。
まあ、大概の人間の人は神崎さんに集中していることは間違いないだろう。
「待ってよ影野」
そう言って神崎さんは俺の腕を掴む。振り向くとプクッと頬を膨らましていた。
「もう、せっかくのデートなのに女の子をおいて、どんどん先に行くのはどうかと思うよ」
神崎さんの言うことは尤もだ。だけど、ある単語に俺は過剰に反応する。デート……これってデートなのか?
確かに男と女が夏休みに遊園地に二人で遊びに来ている。傍から見ればカップルのように、見られるだろう。だけど実際問題俺と神崎さんは友達であり恋人ではない。
そもそもデートの定義とはなんなのか? さっぱり分からん。
「次あそこに行こっ」
笑顔で指し示した場所は、高さ30mくらいの所から激しい急勾配を、凄まじい速度でダイブして、巨大な水柱を上げているアトラクション。
今丁度稼働し終えたそのアトラクションから出てくた人達は全員ずぶ濡れ状態だ。中にはレインコートを着て、私服は濡れないようにしていた人も混じっている。
うーん、流石に濡れるのはなー。俺は良いけど神崎さんは良くないだろう。
「影野行くよっ」
俺が真剣に悩んでいるのを余所に、神崎さんは俺の手を引っ張ってそのアトラクションに向かう。まあ本人がやりたいんなら、止めるのも無粋か。俺は黙って神崎さんと共に、そのアトラクションに行く。
「次お乗りになるお客様ですね。どうぞお座りになって頭上にあるバーを下ろしてください。その時点でロックが掛かりますので」
俺と神崎さんは言われたとおり、席に座りバーを下ろす。へえ、今時の絶叫系はこうなっているのか。
「か、影野」
震えた声が真隣から聞こえて神崎さんを見る。するとかなり怯えた表情をしている。
「よくよく考えたら私、絶叫系初めて乗るから怖い」
いや、今更それを言うなよ。俺はそう思いながら、神崎さんに手を差し出す。
「俺の手を握れば良いよ。まあ気休めにもならないだろうけど」
「ううん、そんな事ないっ」
神崎さんは笑顔で俺の手を握り締める。その手は微かに震えていた。なんか、子供みたいで可愛いな。ってか俺等は子供か。
そんなこんなで乗り物がゆっくり動き出す。レールに沿って徐々に上へ上がる。最初の落下地点が、眼前に迫ってくる。
「……っ」
神崎さんが俺の手を更に強く握り締める。両目をギュッと強く瞑った状態で。
頂点まで来た乗り物が下りに入った瞬間凄まじい勢いで落下する。
「きゃあーっ」
隣で悲鳴を上げる神崎さん。いや後、最後も含めて三カ所ぐらい落下地点が、有るんだけど大丈夫か?
それから二カ所の落下地点も案の定、神崎さんは悲鳴を上げっ放しだった。そしてクライマックスの最頂点に差しかかる。
正直俺も怖い。ここまでの落下地点ですら、凄まじい風圧が俺の顔に襲い掛かってきたし、スクリューする箇所が二連続って……流石の俺も疲れた。
最頂点に達した乗り物が数秒間止まる。これからの流れが、予想出来てるだけに恐怖感が、否応なしに芽生えてしまう。
ガーっと音を立てて今までより更に凄い勢いで地面に向かって落ちていく。そして地面に着いた瞬間に、バシャーンっと垂直に飛ぶ高い水飛沫が、俺の身体全体に降り注ぐ。
そして出発地点の所まで来て乗り物が止まる。はあ……予想していたとはいえ、服も含めて全身びしょ濡れだな。
「はい、これにて終了です。皆さんバーを上げて貰って結構ですよ」
俺は言われたとおりバーを上げる。そして横を見る。神崎さんは、目を開けたまま放心状態だった。
「神崎さん大丈夫? もう終わったから下りるよ」
俺はそう言ってまだ上げられてないバーを上げて、神崎さんの手を掴み立たせてアトラクションから離れる。
「影野、どうしよう」
戸惑っている神崎さんを見る今にも泣き出しそうな顔だ。
「服が……というか全身濡れちゃった」
俺は神崎さんの全身を見る。まあ上は黒だから良いとして、下はパステルピンクのミニスカートだからな。太股から水が滴り落ちている。
「……っ」
俺はTシャツを見て慌てて目を逸らす。服は透けてないけど、濡れた布が肌に張り付いている。そのせいで神崎さんの小さな二つの蕾の形がくっきりと浮き上がっていた。
「これ、濡れてるけど羽織ってあそこのベンチで座って待ってて」
俺がそう言って手渡すと、神崎さんは黙って俺の着ていた薄手の黒のカーディガンを、羽織り首肯する。そして俺が指定したベンチへ歩き出す。彼女の銀髪が水分を含んでるせいか、更に輝いて見えた。
俺はそれを見届けてから、売店へと向かう。濡れた時用にタオルとTシャツくらい売ってるだろう。
そして俺は歩きながら考える。高身長モデル体型で銀髪美人が、全身ずぶ濡れになって泣き出しそうな顔をしている。
普段なら訪れないような機会に遭遇して俺は思う。
――まさに夢のような出来事だなっ、と。




