26.影野、これからも私の事を見ててねっ
今回はメインヒロイン視点です。
八月の初旬、私は家からの最寄りの駅で影野を待っている。これから影野と一緒に電車に乗って遊園地に行くんだ。
往来の人々が私の事をジロジロ見てくる、またはチラチラと見てくるか、一度見てから二度見してくる人が居る。
多数の他人が見てくる理由は分かってる。それは今日の私の服装が異色だからだ。
「影野にこの格好引かれないかな?」
私は呟いて自分の服装に目を向ける。海に行った時はボーイッシュな格好で纏めてた。
上は黒のパーカーで前部分に、白のスカルがデカデカと描かれている。後ろ部分は白を基調として両側に黒い羽がイラストされている。下はフリルが付いたピンクのミニスカート。
この服装には狙いがある。一つは上着のデザインでクールさをアピールすること。最近の私、影野も前でグイグイ行って
俗に言うパンク系ファッションで纏めてみた。大人っぽさも出しつつ、フリルの付いたミニスカートによって女の子らしさも出せる。これなら影野も少しは私の事を意識してくれるかな?
この前、海に行って背中にオイルを塗って貰った。まあ背中だけじゃなくて手足も塗るように言い付けちゃったけど。
わざとらしいというか、自分で出来る事なのにリボンを解かせてビキニトップを取らせたり……背中から前に腕を回して外す形だったから、影野手探り状態だったな。
それで最初から布越しとはいえ、女の子の敏感な部分に触られちゃったんだけど。
言葉責めもめっっっちゃ頑張った。海に行く前に合流した駅のホームで耳元に男の子が喜びそうな言葉を小声で言った。あれはやる側としてはほんの少し、いえかなり恥ずかしかった。
影野に興味を持って貰おうとこの前から積極的に手も握っている。それも指を絡めて繋ぐ……恋人繋ぎで。やられてる影野は恥ずかしいと思う。でもやってる側の私の方が影野より数十倍恥ずかしい。
最近はその行動を起こす事自体に恥ずかしさは減ったし、臆することなく出来たけど。最初は超恥ずかしかったし、恋人繋ぎをする勇気もかなり必要にだったから。
海が終わって帰り途中に私は我が儘を言った。私の家の近くの駅でクレープ屋があるからそこに行きたいと。
注文をする物も決まってた。実はそのクレープ屋は私の行き付けでもあった。そこでふとメニュー表のとある欄で目を留めたんだ。カップル限定クレープを。
私はすぐに店員に事の詳細を聞いた。何でもこれを買うためには、カップルで有ることを証明しなくてはならなくて、流石に往来の中で唇にキスだと目立ちすぎるから、頬にキスする……それがカップルで有ることの証明条件だって。
それを聞いて私はこれだと思った。いつか機会が訪れたら、影野と一緒にこのクレープ屋に来ようと心に決めた。
そして海からの帰り道。私は勇気を振り絞って誘った。影野は嫌がることなく付いてきてくれた。そしてクレープ屋で遂に念願のカップル限定クレープを頼む事に成功した。
勿論、クレープを食べるのが目的じゃない。大本命は恋人で有ることを証明する為、頬にキスすること。
当然何も知らない影野が私の頬にキスするなんて無理だ。だって今まで散々私が熱烈にアタックしてるのに、これっぽっちも靡いてくれない。本当今まで出会ってきた男の子の中で一番苦労する。
いつもは男の子が勝手に言い寄ってくるか、距離とか関係なくジロジロと顔だけじゃなくて身体全体を見てくるようなのばかりなのに、影野はそう言うのとは違う。
私は男という存在に忌避感を覚えてそれ故に人間不信になって男女問わず距離を置いた。でも影野は基本目立たないようにしてるけど、心根は優しい。だから野呂君とは保育園の頃から、今でも仲良く出来てるんだろう。本当に仲良くなったのは小学生からみたいだけど。
ここまで影野と関わって思うのは自分自身をどうでも良い存在として捉えてるんじゃないかってこと。たまに見てて怖くなる。手を握っている時にもこう思っちゃうんだ。
――ふと気づいたら消えて永遠に居なくなっちゃうんじゃ無いかって。
そう思えるくらい影野はたまに儚く感じる。と、いけないいけない。ネガティブ思考はここまでっ。
えっと……あ、そうだ。私は影野の頬にキスをしたんだ。凄く嬉しかったし、同時にもの凄く恥ずかしかった。
だって好きな男の子に頬に唇を触れさせるんだよっ。ドキドキするなって方が無理だよ~っ。
あー、唇から感じた影野の頬の感触はぷにぷにして柔らかかったな。プリンみたいだった。多分影野に言ったら呆れられるか面倒臭がられるだろうけど。
あの後お互いにあ~んしあったんだよね。あれ恋人がやるような事だけど、影野に引かれたりしなかったかな……ちょっと心配。
でも影野って優しいよね。私が催促すればちゃんとやってくれるし、あれは可愛かったな~っ。
小声で「あ~んっ」って控え目に言って口を小さく開けて齧り付いた。しかもそれを咀嚼してる間に周囲に見られてるのもあってなのかもだけど。頬を林檎のように最初うっすらと赤らんでたけど、気付いたらその赤みが強くなってた。
滅多にそんな姿を見ないから可愛かった。本当なら思い切り抱きしめたかった。影野のは私より背が小さくて中肉中背だから抱き締めたらめちゃくちゃ抱き心地良いんだろうなぁ。
「お姉さん、今暇?」
見知らぬ男から声を掛けられ、私はそれまでずっと腰掛けていたベンチで、俯いていた顔を上げる。
そこには金髪の背中に届きそうなくらい長いロン毛の男がいた。
「昨日もお姉さん、ここに居たよね? その時見たけどさ、あんな地味な奴より俺と遊んだ方が楽しいぜ。だからさ」
「……うるさい」
「は?」
私は男をキッと睨み付ける。
「さっきから何? 昨日見かけたからって普通声掛けてくる? それに私が、親しくしたいって思う人間と一緒に居るんだから。アンタにとやかく言われる筋合いはないっ」
私が毅然とした態度で言い放つと男は暫く呆然とした後ぷるぷると全身を震わせながら
「お前っ、女だからって調子乗ってんじゃねえぞっ」
そう言って私の肩に手を掛けて来ようと男が手を伸ばした瞬間、その手を別の手がガシッと掴んで止める。その手の持ち主の顔を見て私の胸はトクンと音を立て、胸の奥から熱くなっていく。
「悪いですけど、俺の大切な人に何か用ですか?」
私を助けてくれたのは影野だった。やっぱり影野は凄い。
一見無愛想で地味だけど、ちゃんと向き合ってみれば面倒臭がりだけど、なんだかんだちゃんとしてて、相手を思い遣る気持ちもある。
何より……影野は目の前で困ってる人が居たら、誰彼構わず助けに入ることが出来る人だ。
――そんな影野が好き。
「ちっ、あー興味失せたわ。美人のくせに男を見る目がねーとはなっ」
男はそう言って影野の手を振り払うと明後日の方向へ去って行く。男の姿はすぐに人垣の中へ溶けて消えていく。
「神崎さん。大丈夫?」
心配そうな顔で影野は問い掛ける。両目が髪で覆われていて分からないけど、心底心配しているのは分かる。だって声が、何より影野の心が訴えてるのが分かってるから。
「大丈夫だよ。ねえ影野?」
「なに?」
私は影野に最大限の笑顔を浮かべて
「これからも私の事を見ててねっ」
そう言いながら影野の手をギュッと強く握り締めてベンチから立ち上がるのだった。今が凄い幸せっ。




