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一匹狼クール系女子がなぜか俺に構ってくる件  作者: たかはし


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25.何気ないことで笑える日々が続けば良いのに

「影野」


 海からの帰りのバスの中、俺の隣で鈴のように凛とした声が聞こえた。俺達は二人掛けの席に腰を下ろしている。二人掛けと言っても狭いスペースでさっきからお互いの肩がピッタリ密着している。


「なに?」


 俺は若干この状態に動揺しているがそれを表に出さず尋ねる。


「こっちを見てよ」


 拗ねた声で言われたので神崎さんの方を見るとニンマリと笑っていた。そして


「暗くなるまで時間がまだ有るでしょ?」

「そうだけど」

「私行ってみたいお店があるんだよね」


 そう言って神崎さんは俺の手を例の指と指を絡めて握ってくる。その光景につい胸がギュッと締め付けられる。俺は顔をそこから背けながら


「どこ……その行きたい店って?」

「店っていうかキッチンカーなんだけどね。クレープ屋」


 嬉しそうな声が俺の鼓膜を刺激する。そうか、神崎さんはクレープが好きなのか。まああれだけ珈琲に砂糖やミルクを入れていれば当然か。


「分かったよ。付き合う」

「影野」


 不意に呼ばれたので神崎さんに顔を向ける。すると唇と唇が触れるような距離まで神崎さんは顔を寄せて


「ありがとう……影野」


 と幸せそうな笑顔を向けて言った。神崎さんの顔が紅潮しているのが目で見ていて分かる。俺を見つめている目も心なしか潤んでいる。


 俺は神崎さんから目を逸らしてこう思う。恥ずかしいならやらなければ良いのにと。そもそも、神崎さんはなんで俺を放っておいてくれないのだろう。俺は()()が好きだ。()()じゃなくちゃ駄目なんだ。心を許せる大切な人を俺は一人でも作っちゃ駄目なのに。


「ふふっ。今から楽しみっ」


 隣で神崎さんが嬉しそうに言う。そして繋いだ手を握ったり離したりを繰り返して遊んでいる。俺はされるがまま窓から見える田舎特有の茅葺き屋根の家屋が立て続けに流れていく光景を静かに眺めた。




「ここ、来たかったんだよね~っ」


 夕暮れ時、俺達は神崎さんのお店兼家の近くの駅に来ていた。街ゆく人々に目を向ける。集団を作って笑い合っている者、スーツ姿で神妙な面持ちで歩いてる者、歩きながら俯いてスマホをポチポチする者。実に様々な人種が居る。


 前まではこの光景を見て俺は()()なんだなって実感してたんだけどな。俺は繋がれた手をジッと眺める。ミルクのような白い肌。絡められている細い指先。俺よりも小さい手のひら。


 俺はこの温もりを味わうことは二度とないって思ってたんだけどな。俺は手から目線を上げクレープ屋を眺めている神崎さんを見る。夜が近いせいか既に街灯が照らされ彼女の銀髪がその街灯によって更に輝きを増す。


 横顔から見える満面の笑み。目元は楽しげに細められキラキラと輝いている。そして彼女のプックリと膨らんだ柔らかそうな唇。


 俺がジッと眺めていた事を気付いたのか、神崎さんが俺を見る。そしていたずらっ子のような笑みを浮かべて


「影野……好き」


 俺はその言葉に固まる。すき、すき、好きっ!? どういう意味合いだ。今この場面での好きって……ああ、なんだクレープの事か。まあ俺も甘いのが極端に嫌だとは思ってないしな。


「俺も好きだよ」


 何食わぬ顔で言うとボンッと顔から火が出るような勢いで耳まで真っ赤に染める神崎さん。そして潤んだ瞳で俺を見て


「……それは反則」


 と言って俺の肩に顔を乗せる神崎さん。何が反則なんだ? 俺はただクレープが好きだって言っただけなんだけど。


「それより早くクレープを食べに行こう」


 肩口から神崎さんの甘い匂いが鼻腔を擽って変な気持ちになりそうだったので、俺はここに来た本来の目的を口にする。


「そうだね……()()()()()()()()()()()()()()()


 俺はその言葉に首をかしげる。俺が居なきゃ買えなかった? そんな限定的なクレープがこのキッチンカーで売られてるのか?


「行こっ」


 そう言って神崎さんが歩き出す。当然手を繋いでるから、引っ張られるように俺もついて行く。人垣を掻き分け見えてきたキッチンカー。


 そのキッチンカーは白をベースに、所々ワンポイントの多彩なデザインが描かれている。頭上で揺れるエジソンランプが、狭い車内を琥珀色に染め上げている。


 壁に貼られた手書きのおすすめメニューや、隅に置かれた小さな多肉植物が、ここがただの調理場ではなく、店主の城であることを教えてくれた。


「いらっしゃいませ」


 20代ぐらいの若々しい女性が笑顔で言う。その女性は白のTシャツに黒のジーンズ、ブラウンの長エプロン。真ん中に可愛らしいシロクマのイラストが描かれている。


「ご注文は何にしますか?」

「カップル限定のチョコバナナ&カスタードクリームを」


 は? 俺はその言葉に固まる。今カップルって言ったか?


 神崎さんを見る。すると華やかな笑顔を浮かべている。どうやら言い間違いじゃないっぽい。でもなんだ? 神崎さんほんのり頬が赤らんでるように見えるけど。


「ではカップルの証としてほっぺにキスをお願いします」

「……っ」

 

 俺はその言葉に絶句する。ほっぺにキスだってっ!? 神崎さん本気で言ってるのかっ。 


「証明ですね。分かりました」


 そう言って俺の方を向く神崎さん。その目は潤んでいるが真剣な眼差しだ。ヤバイ、この人本気でやる気だ。


 神崎さんは俺の頬に唇を近付ける。甘い香りが鼻腔を擽る。いやいや、このままこの人本気で頬にキスする気なのかっ!?


 当の本人は目を閉じている。顔がリンゴのように真っ赤になっている。神崎さんは恥ずかしいのか目を閉じている。


 俺は内心覚悟する。もう注文してしまったんだ。それに神崎さんがこの店に来たがってたのが、カップル限定のを食べたいって理由なら仕方ない。俺は内心ドキドキしながら近付いてくる彼女の顔を待ち受ける。


 そしてチュッと音を立てながら俺の頬に神崎さんの柔らかな唇の感触が伝わる。彼女の銀髪が俺の顔を擽る。


 あの神崎さん。長すぎませんか? 俺の頬にキスをして恐らく30秒以上は過ぎているはずなんだけど。


 横目で店員をチラッと見る。微笑ましそうな顔で俺達を見ていた。いやいや見てないで止めてくれよ。もう十分カップルだって証明できたよねっ。


 俺の視線に気付いた店員が柔和な笑みを浮かべて


「はい。お客様がカップルであると判断します」


 そう言われると神崎さんは名残惜しそうに唇を離す。そしてムスッとした顔をする。ごめん、それは正直意味分からない。


 カップルで有ることを証明するためにキスすること事前に知ってたんだよね? それでいざ終えたらその不機嫌そうになるってどういうことだよ?


「はいお待たせしました~っ」


 そんな事を考えている間にそのカップル限定のチョコバナナ&カスタードクリームを店員が両手で持って差し出してくる。


「ありがとうございます」


 そう言うと神崎さんは迷わずチョコバナナを手に取る。遅れて俺もカスタードクリームを手に取った。


「ありがとうございます。またのお越しをお待ちしています」


 溌剌とした声とにこやかな顔で頭を下げる店員。


「あそこで食べよっ」


 神崎さんが指を差し示した場所は誰も腰掛けられていない木製の横長ベンチだった。無言で神崎さんはそのベンチに向けて歩き出す。どうやら俺に決定権は無いらしい。俺も彼女の後に続く。


「ふ~っ。今日は楽しかったっ」


 そう言って神崎さんは手にしたクレープに小さく齧り付く。その姿はリスのような小動物を思わせる。まあ誰もが目を引く美女がそんな食べ方をすれば全員微笑ましい気持ちになるのは間違いないよな。


 俺も自分の手にしているクレープを頬張る。パリッとした生地の食感の後に、濃厚なカスタードクリームの甘味が口内に広がる。


 俺は改めてクレープを見る。思った以上にサイズが大きい。俺の手のひらを軽く超えている。このサイズを全部食べないといけないのか。絶対胸焼けするな。


「……影野」


 しおらしく名前を呼ばれて横を見れば恥ずかしそうにモジモジしている神崎さん。目線もさっきから色んな所に飛んでいて定まらない。


「何?」


 俺が問い掛けると意を決したのか目を瞑って


「あ~ん」


 と、控え目に声を上げながら口を少し大きめに開ける。


 ん、これはつまりあれか? よく恋人同士のやる食べ合わせる神聖な儀式をしろというのかっ。


 俺があたふたと悩んでいると神崎さんは片目を開け


「影野……はやくぅ」


 甘えるように言う神崎さんに俺の胸が締め付けられる。待って俺達そもそも付き合っていないよなっ。


 とろんと蕩けた瞳が俺を射貫く。くっ、ここはやるしかないっ。俺は意を決めて手にしているクレープを神崎さんの口元へと差し出す。すると神崎さんは開けていた片目を閉じて


「あ~んっ。ん、美味しい~っっっ」


 幸せそうな笑顔を浮かべて、そう言った。


「見て、あれカップルかな?」

「初々しいねー」

「でも男の方地味じゃね? アレだったら俺の方が釣り合うわー」


 俺は声の聞こえた方へ目を向ける。すると通行人の殆どが俺達のやり取りを見ていた。ハッキリ言って恥ずかしい。


「はいっ。次は影野の番~っ」


 にこやかな笑顔で神崎さんは俺に自信の手にしていたクレープを差し出す。


「いや、神崎さん俺は……」

「――食べてくれないの?」


 今にも泣き出しそうな顔でウルウルとした瞳を向けてくる神崎さん。


「分かったよ」


 俺は諦めて口を開く。すると


「食べる時はちゃんとあ~んって言わないと駄目だからねっ」


 と注文を付けてくる。まじか、こんな往来の中そんな事をしたら死ぬんだが。でもこれもやるしかないのか、楽しみにしてるみたいだからな神崎さん。


「あ~んっ」


 俺は小さな声でそう言って神崎さんの手にしているクレープに齧り付く。口の中にチョコの甘い味とバナナの濃厚な甘味が広がる。


 でもそれ以上に胸が苦しい。こんなこと、俺の柄じゃないだろっ。頬が熱い。きっと今の俺は顔を真っ赤にしているに違いない。


「ふふっ」


 神崎さんが短く笑い声を立ててその顔を俺の耳元に寄せて


「顔真っ赤にしちゃって……影野ったらカワイイ」


 鼓膜に蕩けそうな甘い声が響く。そして俺の頭がクラクラしてくる。勘違いしちゃ駄目だ。神崎さんは俺を揶揄ってるだけであって、断じて俺の事を友達としか思ってないのだから。


「あー、夏休み終わって欲しくないな……影野お盆とかどうするの?」


 その質問に俺は心が急激に冷えていく。一年の中で嫌な期間。避けては通れない期間。俺が()()()()()()()()()()


「どうしたの?」


 キョトンとした顔で言う神崎さん。そのキョトンとした顔でさえ愛くるしく見える。俺はその顔に苦笑して


「何でもないよ。お盆は実家に帰るからこっちには居ないかな」


 俺は思った。こんな風に何気ないことで笑える日々が続けば良いと。夕焼けを見ながら泣きたい気持ちに駆られるのだった。


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