24,影野は私にとって光なんだ
今回はメインヒロイン視点です。
〈神崎燈side〉
「でも燈ちゃんが悟君のことを気に入るの、さっき助けてくれた時に、なんとなく分かっちゃった」
影野と野呂君が公共更衣室に向かって二人でレジャーシートに暫く無言でいたら不意に石原さんが切り出してきた。私は彼女の顔を凝視する。
「なんだか随分と不満そうね」
苦笑しながら言う石原さん。
「影野の事下の名前で呼ぶの止めてくれませんか?」
私はぶっきら棒にそう告げる。影野の恋人でもないのに馴れ馴れしく下の名前で呼んで欲しくない……それにその恋人の席を誰にも譲るつもりも奪わせたりなんかさせないんだからっ。
「あははっ。燈ちゃんってクールに見えるのに意外と独占欲が強いんだねっ」
お腹を抱えて笑う石原さん。独占欲が強い? 当たり前じゃない。あんなに不器用だけど真っ直ぐで思いやりのある男の子なんて、これまで一度も見た事ないんだもの。
あの若干面倒臭がりながらもしっかり私の話を聞いてくれる所や、自分が間違ってるって思うことを素直に相手に臆せず言えるところとか、まだまだ他にも沢山良いところがあるけど。全部一言で纏めると……好き。
「と、とにかくっ影野の事を軽々しく下の名前で呼ぶのを止めて下さいっ」
「そんなに必死になって燈ちゃんってば可愛い~~~っっっ」
華やかな笑顔でそう言うと、石原さんが私に抱きついてくる。私の小さな胸にとんでもない質量の柔らかいものが押し付けられる……悔しい。それに背中に回された肉付きの良い腕。そして柔らかくて小さな手。
その手にギュッと力が込められる。なんかそれだけで庇護欲を駆り立てられる。女の私がこうなんだから、彼氏で有る野呂君はそれ以上だと思う。
「石原さん離れて。この状態が続くと自己嫌悪に陥るから」
「えっ? あーチッパイのこと? 大丈夫よ大丈夫。悟君なら」
「だから影野の事を下の名前で……ってなんで影野なら大丈夫って言えるんですか?」
私が訝ると石原さんは私から身体を離して満面の笑みを浮かべる。真夏の太陽がポニーテールに纏められた石原さんの黒髪を照らす。それは何というか満面の笑みと合わせてどこか慎ましい聖母のように私は感じた。
「だって悟君。水着姿の私の胸どころかスタイルすら見ようとしないんだもの。だけど、燈ちゃんの時はドギマギしてたでしょ?」
「……あれは私が、影野に背中をオイルで塗って欲しかったから」
「でも、胸のリボンを解けさせるなんて……燈ちゃんってエッチなの?」
「なっ」
石原さんの言葉に私は頭の中がパニック状態に陥る。待って、石原さんにそう見えてたってことは野呂君や他の人達にもそう見えてたっ!?
「どうしよう……」
影野に私がエッチな子だって思われてたら嫌っ。でも今日だけじゃなくて、結構グイグイ行ってたからなぁ。強引な子だとは間違いなく思われてそう。
「たぶん、燈ちゃんが思ってるような事はないと思うわよ。悟君はどんな燈ちゃんでも受け入れてくれる筈よ」
ニヤニヤしながら言う石原さん。確かに影野ならどんな私でも受け入れてくれる。じゃなきゃここまでグイグイ行ってるのに嫌な態度を一つも取られてないもん。だから大丈夫なはず。それより
「だから石原さん。影野の事を下の名前で呼ぶのは」
「あらお友達を下の名前で呼んじゃ駄目なの? と言うか私は燈ちゃんに下の名前で呼んで欲しいんだけど」
ニッコリと笑って顔を近付けてくる石原さん。その笑顔には有無を言わせない感じがして怖い。
「め、愛……さん」
私が必死に口からやっとの思いで出した呼び方に石原さん……愛さんはキョトンとした顔をした後納得顔をして
「まあ、今日知り合ったばかりだし。私が年上だからそれで我慢する~っ」
そう言って私の頬を指で突く愛さん。
「あの、これで影野の事を下の名前で呼ぶのは止めてくれますか?」
私の質問に満面の笑みを浮かべて
「ヤキモキさせたいから、いーやっ」
この人、完璧腹黒だ。私の思いが伝わったのか
「私はね、いつも誰よりも上になろうとしてたんだ。勉強も可愛さでも……それで彼氏も最上級の人をってね」
「野呂君がその最上級の人だと?」
野呂君は確かにイケメンで影野と一緒に居るくらいだから性格が良いのは間違いないけど。
「最初ビックリしたわ。あの野呂財閥の御曹司がなんで悟君みたいな地味な子と友達なのって?」
「え?」
野呂財閥……聞き覚えがある。この日本で大きく活動している財閥。近年では日本の殆どの金融関係と繋がりがあり、医療やIT関係の会社に多大な出資をしている。
それを三年前から続けてるというのだから野呂財閥の財力は途轍もないことが分かる。まさか、野呂君があの野呂財閥の一族だったなんて。
「でもそれなら、本来もっと上の学校に行ってるんじゃ?」
そう。財閥の一族なら当然勉学スポーツあらゆる物を極めるはず。それがなんで?
「これはオフレコでお願いしたいんだけど太一君ってさ、その今の父親野呂弘泰が秘書との間に生まれた不義の子なんだって」
いつも明るい野呂君にそんな壮絶な過去なんて有ったなんて。人は見かけによらないんだな。
「それで太一君、小学三年生の頃かな。まあその前から散々悪口や陰口を言われてたみたいなの。酷いときには集団で罵声を浴びさせて暴力も振るわれてたみたい」
「野呂君にそんな事が……」
確かにお金持ちの子供ならやっかみを受けたりするものだと思う。でもまさかそこまで酷い状況に追い込まれていたなんて。
「でね。よくそういう集団で囲まれていた時って言うのは大体が人気のない裏校舎かトイレだったのね。でもそこで悟君が教師を呼んでその生徒達を捕まえて説教させたみたいなのよ」
やっぱり影野は子どもの頃から一貫して不器用だけど真っ直ぐで優しかったんだ……好き。
「それでね。悟君は虐めをしていた人達に言ったの。今は子供だから許されるかも知れないけど、それ大人になったら馬鹿なことしたなって後悔していくことになるから。ずっとあんた等は罪悪感を背負うことになるんだぞって」
「影野らしい言葉ですね」
影野、子どもの頃からずっとそうやって言ってたんだ。めちゃくちゃカッコイイじゃん……好き。
「それでね。太一君は心の限界だったんだろうね。自分の生い立ち、家での扱いも冷遇された事まで伝えたの。そしたら」
そこで言葉を切って、今まで深刻そうな表情を緩ませる。
「どの親の元に生まれるのかは自分じゃ選べない。だったらさ、野呂君……いや太一はそれを自分の武器として考えるべきじゃないかな? 太一にやっかみをしてくる奴等は僻んでるだけだよ。そんな奴放っとけば良い。そんな奴等は勝手に離れてくだけだから。太一は心から信頼出来る人間を、少しずつ増やしていけば良いよ。因みに俺は太一が困ってたら迷わずどんな手を使っても守ろうとは思ってるからさってそう言ってたみたいね」
ああ。だから野呂君は俺の心を救ってくれた親友って言ってたんだ。
それでずっと一緒に高校まで同じ学校を選んだ。男同士の友情……憧れるなあ。
「って言うか身体を触らせてる位なら悟君と付き合えば良いのに」
「それは……」
本音を言えば付き合いたい。でもその為にはもっとお互いを知らないと思う。私の闇と影野の闇、それが分かった時初めて私と影野の関係性は変わると思うから。
でも今はまだ言えない。でもこれだけは確かに言える。影野は私にとって光なんだ。私が唯一ママ以外の前で自分らしく居られる男の子。
「おー、待たせたな」
声のした方を見ると紺の色をベースにした大きな白の花が左右非対称にデザインされたアロハシャツ、僅かに開かれた胸元には白のインナーシャツが見えた。靴は黒の紐を結ぶタイプのを履いている。
そして淡黄色の長ズボン、地味に見えるけど着ているのが野呂君のお陰か華やかに見える。
白のTシャツにその上に黒のカーティガン、下は白のカーゴパンツで白の紐のない靴を履いている。今は髪を下ろしているから地味に見えるけど、きちんと髪をセットしたら格好いいんだろうなあ。……見てみたい。
でもそしたら愛さんも見ることになるから、こっそり私だけに見せてってお願いしよう。
「さて、俺は爺やが来るまで待つわ」
「太一君私も待つわよ」
「おっそれは嬉しいねえ」
野呂君と愛さんが和気藹々と話す。良いなあ。私も影野とあんな感じになりたい。
「という訳でここで解散だな」
「まあ太一と石原先輩のイチャつきを見なくて済むのは助かるわ……何から何まで悪いなあ」
「気にすんなよこれくらい」
野呂君はそう言って影野の肩を小突く。
「お前はしっかり神崎さんを送ってやれよ」
「言われなくてもそうするわ」
そう言うと影野は私の手を取る。いきなりでドキッとする……本当不意打ちは止めてよ。
「神崎さん帰るよ」
そう言って影野は歩き出す。私は影野から手を繋げられた事で今も胸がドキドキしている。聞こえるのは寄せては返す波の音。そして海に遊びに来た人達の笑い声。
いつか……私が影野の抱えてる闇と向き合って支えられたら良いなと思いながら影野の横顔を見て海を去るのだった。




