23,神崎さんにとって楽しいことなら
「よーし帰るとしますかっ」
陽気な声を上げる太一に対して俺はげんなりしていた。あの後なぜか神崎さんが手にワックスと櫛を持っていて、ずっと着せ替え人形みたく髪を弄られていた。
前髪に掛かってる髪を掻き上げられた瞬間、石原先輩が度肝を抜かれたような顔をしていた。はいはい。そりゃ俺は根暗で非モテ陰キャなんで顔もさぞブサイクだろうよ。
その後、石原先輩は太一にそして神崎さんに対して頭を下げていた。内容までは聞き取れなかったけど、なに俺が居ない間に喧嘩してたのかよ? ていうか喧嘩の理由は何?
太一は笑顔で「許すよ」と言って「もう一回付き合おう」とか言ってて超ビックリ。えっ、お前ら海に来た時からラブラブカップルだったのについさっきまで関係解消してたの?
取り敢えず問題なく終わったんなら良いか。俺から深く関わる必要性もないしな。でも石原先輩が神崎さんに積極的に話し掛けていた。それに対して神崎さんは優しく微笑む。良かった。嫌がっては居ないみたいだな。
俺達は男女交替で公共更衣室で私服に着替える事になった。俺と太一はその間パラソルをしまったり、その他の道具を片付け纏めていた。
「なあ、悟」
「なんだよ」
「やっぱりお前、捻くれてるけど良いやつだよな」
「うるせー。ていうか纏めた荷物はどうすんだよ?」
俺が何食わぬ顔で問い掛けると太一が得意気に
「あー、それなら爺やが荷物引き取りに来るよ」
と言う。
「太一も太一で変わったなー。昔は金持ち発言するの嫌がってたのによ。今じゃ全然金持ちアピールをするな」
太一がジトッとした目で俺を見る。
「誰のせいだと思ってんだよ」
「何が?」
「変わる切っ掛けをくれたのは誰だと思ってんだよ」
「そんなの俺が知る訳ないじゃん」
俺の言葉に太一は苦笑する。そして太一は人差し指で俺を差す。全く家族に人を指で差すなって教わんなかったのかね。
「俺が変わる切っ掛けをくれたのはな。お前……悟だよ」
「え、俺お前になんかしたっけ?」
その言葉に太一は落胆する。
「ま、どーせ覚えてねえだろーなって思ってたけどさ。寂しいな」
悲しそうな顔をする太一に俺は言う。
「他の人の言う事なんて気にするな。他人は他人自分は自分なんだ。金持ちの元に生まれちまったんだったら。それをひた隠すんじゃなくて一つの武器として立ち回りゃ良いんじゃねえの?」
俺の言葉に太一は目を瞠る。
「お、覚えてたのか?」
「馬鹿。忘れるかよ……俺と太一が腐れ縁になった出来事の一つなんだからよ」
その言葉を聞いて太一の顔がくしゃっと歪む。そして両目から溢れんばかりの涙を流して
「さ、悟~~~っっっ」
と言いながら俺の元へタックルする勢いで抱きついてくる。俺はそれを足を踏ん張ってなんとか転ばずに耐え抜く。
「おい。俺は男に泣きながら抱擁される趣味はねえんだが。そういうことすんのは石原先輩にしとけよ。彼女持ち」
「俺は愛ちゃんも大事だけどそれ以上にお前も大事なんだよっ」
真剣な目で俺を見つめる太一。こいつは保育園から一緒だったから俺の闇に値する出来事を知っている。だから太一は必要以上に俺に関わってくるんだろう。俺にずっと孤独でいさせないために。
「でも良かったよ」
満面の涙混じりの笑顔で太一は言う。
「なにが良かったんだよ?」
「俺以外に悟の事を大事にしようとしてくれる人が出来て」
ニヤニヤとした顔で太一は言う姿を見て俺はウンザリする。
「お前の次の台詞は」
と俺は言い太一の口元が動く瞬間を見届ける。そして口を開いた瞬間に
「神崎さんって言う美女が出来たんだからさ――だ」
「神崎さんって言う美女が出来たんだからさ――なにっ」
同じタイミングで一言一句被せて言ってきた俺を鳩が豆鉄砲を受けたような顔で呆然と見つめる太一。
「お前……読心術も出来るのか?」
「ばーろー、何年一緒にいると思ってんだ。それくらい分かるっての」
俺は肩をすぼめて続ける。
「あのなぁ、神崎さんは俺みたいなタイプの男が新鮮だから、面白がって構ってくるだけであって。お前が思ってるみたいな関係にはならねえよ」
「それならおかしいと思わないか? ただ面白がってる人間に普通身体中オイルを塗らしたりしないと俺は思う」
「見てたのかよ?」
てっきり、石原先輩とイチャイチャしてて俺の事なんて眼中にないと思ってた。
「ああ見てたし、神崎さんと話してなんとなく思った。あの子めちゃくちゃ良い子だなって」
俺はその言葉に首肯する。確かに神崎さんは良い子だと思う。校内では俺と知り合ってから俺とおまけに太一に話し掛けるようになったが、それ以前までは孤高を貫いていた。
多分神崎さんは自分の家族以外信用していない。そういえば薫さんとは会ったことがあるけど、父親には会ったことがない。薫さんは触れば透き通るようなサラサラな黒髪だったから、恐らく父親は外国人なんじゃないか?
でも神崎さんも薫さんも父親については一言も口に出したことがない。きっと深い事情が有るんだろうけど。俺が聞くような事でもないし俺はついこの前友達になった間柄だ。そんな関係性で聞けるわけがない。
「多分悟、お前の事だから分かるだろうけど。神崎さんは繊細な心の持ち主だ。でも好きな人には尽くすタイプだと思うぞ」
太一が真面目に言う。それには納得だ。納得だが
「まあその尽くしたい程好きな人が現れてくれたら良いなとは思うけどな」
神崎さんには何故そう思うのかは分からないけど、幸せになって欲しいって思ってる。
「まったく悟……お前って奴は」
呆れ顔で何かを言い続けようとした時
「影野お待たせ~っ」
元気な声が遠くから聞こえそちらへ顔を向ける。そこには水着から私服姿に戻った神崎さんがいた。そのすぐ後ろに石原先輩も周りに花を咲かせそうなほどの華やいだ笑顔で太一に手を振っている。
俺は笑顔で歩み寄ってくる神崎さんの顔を見ながら思う。いつか彼女が心が壊れそうな時に、もしその時神崎さんに大切な人が居なかったら彼女の心の支えになりたいと思う。
それまでは、俺に構う事自体が神崎さんにとって楽しいことならこの関係性を続けるのも吝かではないなと、俺は太陽の輝きで更に発光しているような神崎さんのサラサラな銀髪と溢れんばかりの幸せそうな笑顔を見て思うのであった。




