17,まさかあの神崎さんがっ
「は~怠いなぁ」
とある日の朝俺は目を覚まし布団から抜け出て窓から見える景色を眺めながら一人ぼやく。
俺がなぜ怠いと思っているかというと、それは夏休みが始まって五日目なのにこれから海に行かなければならないことだった。
神崎さんがまさか太一とRAIMUのIDを交換していたとは知らなかった。そして何故にそこに俺だけじゃなく神崎さんまで誘うのかが謎だ。アイツは一体何を考えているのやら。
ピコンッと俺のスマホから通知オンが鳴り響く。俺はスマホが置いてある布団まで戻ってスマホ画面を覗き込む。すると神崎さんからのRAIMUが通知されていた。俺はすぐさまタッチしてRAIMUのメッセージを開く。
『起きてる~(≧∇≦)b 怠いとか思ってるかもだけど、約束したんだし今日は絶対海に行こうねっ❤︎』
と書かれていた。俺前にあんまり❤︎や顔文字は使わない方が良いよって言った筈なんだけどな。
この調子じゃ太一にまでこんな文面を送ってるんじゃないかと不安になってくる。アイツ一応彼女持ちだから大丈夫だろうけど、美人の神崎さんから❤︎や顔文字なんか送られてきたら、いくら彼女持ちとは言っても間違いが起こるんじゃないか?
まあそこは太一の精神力を信じるしかないか。太一は長年の付き合いだから分かるけど、不誠実な事はしない奴だ。まあもし今の彼女を振って神崎さんに告白するならそれはそれで不誠実ではないのか……?
再びスマホからピコンッと通知オンが鳴り響く。覗き見るとまた神崎さんからで可愛いクマが大泣きしているスタンプだった。
これはあれか……既読が付いた状態で何も返答ないから、催促してるって事なのか? 俺は『取り敢えず起きてるよ』と送信する。するとすぐに返信が来る。
『良かった~(*´▽`*) まだ寝惚けてるのかと思ったよ❤︎』
毎回思うんだが、❤︎や顔文字をやり取りする度にドキッとする。ひょっとして神崎さんは俺の事が好きなんじゃないかと。これまでRAIMUのやり取りをしてきたけど、全部顔文字と❤︎入ってるんだよな。
俺はやれやれと言うように首を左右に振る。こんな見てくれもぱっとしない俺の事を好きになるか? いや断然ないっ。
俺は気を取り直して神崎さんのRAIMUに対して俺は返信の内容を考える。取り敢えず今日は一緒に合流することになってたな。
『おはよう。何処で合流する?』
『そうだな~、どうせ電車に乗るから影野の家の近くの駅で集合でっ❤︎』
『分かった』
そう送るとふと疑問に思った。俺の家の近くの駅で集合? 確かに前に俺は〈喫茶カントリー〉で上山町から電車に乗って通っているとは言ったがどうやって待ち合わせるつもりなんだ?
『良いけど、それだと神崎さん無駄にお金使うことにならない?』
そう。これから向かうのは下関という駅で降りてそこからバスに30分揺られて、それからようやく下関海という大きな浜辺から海を一望できるスポットが有る。
勿論水着を着て遊べるスポットで友達同士の者も居れば家族連れ、はたまたカップルなどが主にその場に屯している。
基本一人が好きな俺としては縁がない俺としては遠慮したいところだが、腐れ縁の太一と神崎さんに半ば強制で参加を決められてしまっては仕方ない。
ピコンッと通知オンが鳴り響く。俺はすぐさま見て内容に驚く。
『多分影野が言いたいのは下関が自分の住んでる上山町とは反対方向でまた乗り直すとお金が余分に掛かるよって言いたいんだろうけど大丈夫(≧∇≦)b 上山町の駅のホームにいて影野と合流して下関で降りたら料金一緒になるから』
確かにICタッチでも切符でもその料金内の区間で改札に通せば回り道をしても同じ料金だ。賢いな神崎さん。
すぐさま次の文章が送られてそれを見て俺はすぐに外に出掛ける用の服に着替え水着とタオルを入れた黒のショルダーバッグを首から肘に流すように持って俺は外へと駆け出す。
勿論鍵の戸締まりは忘れてない。今のご時世物騒だからね。さて、なんで俺がこんなにも慌てる形でいるかというと神崎さんから送られてきた文章のせいだ。送られてきた文章にはこう書いてあった。
『それにもう私、上山町の駅のホームに居るから待ってるね❤︎』
と。神崎さん……行動力がヤバ過ぎじゃ有りませんか? と言うかせめて前もって相談してくれよ。
「はあ…はあ…」
全速力で走ったお陰で上山町の駅には思ったより早く着いた。まあ俺は体力をかなり消耗して辛いが。俺は改札口のICスキャン口にスマホを押し当てる。ピッと小気味よい音がなり、それまで通せんぼをしていた両開きの黒いバーが開く。
俺はすぐさま改札口を抜けて駅のホームへと向かう。この上山町の駅は上り線下り線の電車しか通っていない。都会ならもっと複雑に様々な経路の電車が通ってるんだろうけど。楽さで言うなら上山町の駅が良い。複雑じゃないから。
駅のホームできょろきょろと視線を周囲に向ける。すると後ろからポンポンと肩を優しく叩かれる。振り返るとその人――神崎さんの人差し指が俺の頬を優しくつつく。そして幸せそうに目を細め満面の笑みを浮かべながら
「みーつけたっ」
と言うのであった。俺は慌てて神崎さんから離れて彼女の服装に目を向ける。いやなぜか自然に目が言ってしまったのだ。
神崎さんの服装は上が英語のロゴ入りのゆったりとしたサイズの薄めの紺色のロゴTシャツ。下は履いている白いシューズに届く程長い黒のジーンズで頭には白のツバ付き帽子を被っている。
全体的にボーイッシュな服装。だけどわざとなのかワンサイズ大きいのを着ているため、だぼっとしていて可愛らしく見えた。
さっきからチラチラと周りの人が神崎さんを見ている。当然だ。モデル並みに身長が高くスリムな体型で美形、しかも銀髪。注目するなという方が無理な話だ。
「肩から息をするくらい急いでたのは、そんなに私の水着姿を早く見たかったの?」
意地悪な笑みを浮かべて甘えるような声で問い掛けてくる神崎さん。俺は平然を装い天井にある電光掲示板に目を向ける。
「次の電車が来るまで後10分かー」
「むぅ」
俺の素っ気ない態度に気を悪くしたのか神崎さんは頬をプクッと膨らまして抗議の声を上げる。でもそれも一瞬でイタズラを思い付いた子供のような笑みを浮かべて俺の耳元に神崎さんは自身の片手をメガホンのように添えて小声で
「今日は期待して良いよ……私ビキニ持ってきたから」
と。俺はその言葉を聞いて暫く固まる。そして言葉の意味を理解するとバッと神崎さんに顔を向ける。
するとしてやったりといった感じで満足そうにニコニコと笑って大きめのパステルピンクのビーチバッグをゆらゆらとリズム良く揺らしている。
嘘だろっ。まさかあの神崎さんがっビキニだとっ。只でさえ今一緒に居るだけでも心に負担が掛かってるのに海でビキニ姿になられたらそれ以上の心のダメージが来てしまうじゃないかっ。
「……楽しみだね」
そう言って神崎さんは空いている方の手で俺の手を取り例の恋人繋ぎをしてくる。勿論幸せそうな顔で。
(……仕方ないか)
俺は覚悟を決める。神崎さんやこれから現地で会う太一やその彼女――石原さんが楽しもうとしてる海を俺の身勝手な気持ちで水を差す訳にはいかないよな。
俺はそんな事を神崎さんの細い指先と手のひらの柔らかい感触を感じながら電車を神崎さんと二人待つのであった。




