16,影野と一緒に海に行けるなんて凄く幸せっ
今回はメインヒロイン視点です
〈神崎燈side〉
「あら燈お帰り。悟君いらっしゃ~いっ」
〈喫茶カントリー〉の扉を開くと朗らかな笑みを浮かべたママが立っていた。私は店内を見回す。どうやら今はお客さんが一人いる状態みたい。
「おや、燈ちゃんお帰りなさい」
その一人のお客さんは私の知り合い、というか常連客のお婆ちゃんだった。
そのお婆ちゃんはこの商店街で小さな八百屋を開いている人であり、商店街の地域団体などでは上の立場でこの近辺ではちょっとした有名人だ。
今日は上は黒のカーティガン、その下に白いシャツで下はグレーのスカートに黒のパンプスを履いている。
フォーマルに纏まった服装なのにお淑やかな印象を与えるのはこのお婆ちゃん――松竹梅子さんの柔和な人柄と髪は老化のせいなんだろうけど、全部白髪なのに綺麗に指で梳いたら柔らかそうなくらい奇麗に手入れされた髪型を後ろでお団子状態に纏められているからだろう。それ以上に梅お婆ちゃんは人柄が凄くいい。
「燈ちゃん今帰ってきたんだね~。あら珍しいね。見たところ同じ制服だから同じ学校なんだろうけど、友達……しかも男子を連れてくるなんて。もしかして彼氏さん?」
梅お婆ちゃんの質問に私はすぐに俯く。顔が熱い。きっと今の私は顔が真っ赤なこと間違いなしだろう。
「いえ、その燈さんとはクラスメイトで友達……みたいな物です」
影野が梅お婆ちゃんの質問に即座に否定する。私はそんな影野を見て落胆と同時に悲しい気持ちになった。
あれだけ自分から勇気を出して最初は肩に軽く触れる程度なのを今では恋人つなぎをするようにしている。そう全ては影野に私の事を異性として見て貰えるようにするために。
でもそれとは別に嬉しいと思った部分もあった。下の名前をさん付けとはいえ呼ばれたから。呼ばれた瞬間私の胸は高鳴った。
多分影野の事だからママと名字が同じだから区別するために下の名前を口にしただけなんだろうけど。
それにしても毅然とした態度しかも真顔で言われちゃうと私の事を異性としては見てないんだなって分かっちゃってやっぱり寂しい。一体いつになったら影野は私の事を一人の女の子として見てくれるんだろう?
「あらあら、薫ちゃん。どうやら貴方の娘さん燈ちゃんにも春が来たみたいね~」
梅お婆ちゃんは華やかな笑顔でママを見ながら言う。対するママも幸せそうに目を細める。
「はい。本当に悟君には感謝してます」
「悟君って言うのかい? あれだけ燈ちゃんは人間不信になって人と距離を取っていたのに。学校のお友達しかも男の子を連れてくるなんて、よっぽど彼の事を信頼してるのと同時に気に入ってるんだね~」
私は梅お婆ちゃんの言葉を聞いてムズムズした。出来ればその話は私と影野の居ない所でして欲しい。
「本当に安心したわ。あの件が有ってから元々明るかった燈ちゃんが塞ぎ込むようになって人間不信になっちゃったから……本当に良かった」
梅お婆ちゃんは自分の事のように染み染みという。私はその言葉を聞いて胸がチクリと痛む。それはまだ影野には伝えていない私の闇の部分だから。
「梅子さん。まだその事については悟君は知っていないんです」
「あらそれは余計な事を言っちゃったわね。ごめんね~燈ちゃん」
「いえ……そんな謝らないで下さい」
そう。別に梅お婆ちゃんは悪気があって言った訳じゃない。私も後々影野には伝えようと思ってる。
でも怖い……それを聞いた影野が私に対してどういう感情を向けてくるのか。引かれないか。もしそうなったら私は立ち直れないかも知れない。私にとって影野は唯一信頼出来る人間であり、私の事を照らしてくれる優しいお日様みたいな存在だから。
「さて、と。悟君ごめんね。長々と立たせたまま放置しちゃって。いつもの席に座ってちょうだい~。今珈琲入れてくるから」
ママは私の内心を慮ってか影野に席に座るように促す。そして奥の厨房へと向かって行った。
「はい分かりました」
影野は頷きながら返事をする。そしていつも座っている奥のテーブル席に向かう。
影野って梅お婆ちゃんが仄めかした私の暗い過去を聞いても動じないのよね。きっとテーブル席に着いても何もその事について言及してこないんだろうな。そういう影野の所は良い所で私は好き。
そう言えばママが言ってたっけ?
『そこは悟君の奥底にある優しさじゃないかしら。まあ理由は分からないけど、これだけは言える。悟君も燈と一緒で他人には明かせない闇を抱えてる』
ママはそう言ってたけど、影野の抱えてる闇ってなんなのかしら? 私と同じくらい、ううん……それよりもっと大きな闇を抱えてるのかも。
「はいお待たせしました珈琲です」
厨房から戻ってきたママはニッコリ笑顔でお盆に乗せた珈琲を二つテーブルに置いていく。
「いつもありがとうございます。今回はお代はきっちり払わせて下さい」
頭を下げながら律儀に自分の意見を口にする影野……好き。
「もう本当に悟君は真面目ね~。燈のお気に入りの男の子だからお代なんて取る気これっぽっちもないのに」
「確かに俺は燈さんとは友達関係です。でもそれに甘えて飲食店でお金を出さないのは違うと思うんですよ」
影野は有無を言わせない態度で当たり前の事を言う。本当影野って物事をしっかり前から受け止めて思った事を素直に口にするんだよね……そういう所も好き。
「まあ物事としてはそれが通りよね。分かったわ。ところで悟君。明日から……まあ正確には今日から夏休みだけど、どう過ごすつもりなの?」
「基本家で渡された宿題をコツコツやって後は家で漫画やゲーム、映画でも見てゴロゴロしようかなって考えてます」
淡々と答える影野を見て寂しくなる。影野の中に多分私と夏休み中会おうなんて考えは無いんだろうな。
「あらあら、思春期の男の子がずっと家で引き籠もってるつもりなの~?」
ニコニコ笑いながら梅お婆ちゃんが私達と近いテーブル席に移動しながら呟く。
「いやこれと言って誰かと行動をする予定も今の所無いですし」
困ったように言う影野。
でもそっか。よくよく考えてみたら夏休みは二ヶ月近くだからそれだけ影野とは関わる事が無くなっちゃうんだ。なんかそれって
「……嫌だなぁ」
「神崎さん何が嫌なの?」
「え?」
嫌だ私、心の中で思った事がそのまま声に出ちゃってたみたい。どう言い訳しようかあたふたと焦っている所に私のスマホから通知を知らせる電子音が鳴り響く。
私はその通知に記されていた人の名前を見て即座にREIMUのページを開き送られてきたメッセージの内容を見る。そして私は口元を緩める。
「ねえ影野」
「何?」
「今ね野呂君からREIMUで夏休み中に海に行かないかって誘いがあったの」
「……いつの間に連絡先交換を」
影野が鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている。影野が驚くのは無理ないと思う。野呂君には私の影野に対する気持ちがバレバレでそれでも応援してくれると言ってくれた。
それで仲良くなって影野の居ない所でREIMUのIDを交換した。
「で、その行くメンバーは?」
影野が気怠そうに聞いてくる。
「野呂君とその彼女さん――石原愛さんと私と影野」
「俺に拒否権はないのか」
項垂れる影野。最近こういう影野を見ると正直ちょっと可愛いなって思ってきた。影野は顔を上げると髪を掻きむしりながら
「まあ、予定も無いことだし。悪いけど太一に俺も行くって伝えといてくれる?」
私は影野の言葉に首肯し野呂君に返信する。そしてそれからはママや梅お婆ちゃんを交えて他愛ない会話を過ごした。でも私の心は喜びで一杯だった。
影野と夏休みも会える。しかもそれだけじゃない。ひょんな事からとはいえ、影野と一緒に海に行けるなんて凄く幸せっ。
私は内心の喜びを噛み締めながらママ達と会話をして過ごした。




