15,ついに来た俺の怠惰な時代が始まるぜっ
「え~夏休み中はあまり羽目を外しすぎないように。また夜遅くの外出はしないよう心掛けて下さい」
この学校――九十九高校の校長が夏休みの間の注意事項の話をしている。まあさっきから言ってる内容が似たり寄ったりなのだが。夏休み中でも気を緩めることなく課題に取り組み習った事の予習復習をしなさいって。そんなの当たり前の事じゃんか。
まあ、そんな校長のお小言なんかどうでも良い。どうして俺が気分が良さそうかって? そりゃ今日が終業式で明日が夏休みだからさっ。
いつもだったら太一がしょっちゅう遊びの誘いを入れてくるけど、今回は彼女が出来たみたいだから俺との時間は忘れてその彼女と甘々な時間を過ごすのだろう。
よって俺は夏休みは一人きりな訳だ。これで約二ヶ月俺の時代がやっと来たぜっ。
さあて、何をして凄そうか。課題や予習復習はコツコツやるとして、今年の夏はゲーム漬けか。いやもうそれで決定だな。
俺が夏休みの過ごし方を考えているといつの間にか校長先生の話が終わっていた。
「では皆さん各自の教室に戻るように」
一人の教師が声を上げた瞬間、大勢の生徒達がぞろぞろと体育館の出入り口に向けて動き出す。因みに出入り口は二つあり一つはステージ側、もう一つは用具室側、まあステージ側が前なら用具室側が後ろだ。
俺は普段から思う。その場から近い出入り口に行けば良いと思うのに何故遠い方を選ぶのか? 凄く非効率だろう。人というのは本当に謎だ。面倒が嫌だと考える人間が多数の癖にわざわざ何故面倒な方を取るのか。
(ふう~いつも通りか)
俺はやれやれと思いながらその場に立ち止まる。俺の肩に他人の肩がぶつかる。足を踏まれる。それが何回か続くと流石に痛い。でもここは我慢だ。
「何してるの?」
隣から声を掛けられて顔を向けると不思議そうな顔をして神崎さんは俺を見ていた。
「どういう意味?」
「何故突っ立ったままなのって聞いてるの」
呆れたように言う神崎さん。
「この方が効率的だからだよ」
「効率的?」
「あれを見れば分かるだろ」
俺は体育館の二つの出入り口に目を向けた。二つの出入り口は我先にと体育館から抜け出そうと人でごった返す。
「人がたくさん居るわね」
見たままを伝える神崎さん。
「そう。だからあんな人がたくさん居る所に、わざわざ行くのが馬鹿らしいしそもそも怠い」
「ふ~ん」
そう言って微笑む神崎さん。なんでそこで微笑むのか意味が分からない。俺は神崎さんを訝る。
「えいっ」
神崎さんは可愛らしくそう言うと俺の手を満面の手で握り締めてくる。そこまではいい。何故普通に握るのではなく、指を絡める恋人つなぎなのか?
「ふふっ」
神崎さんと目が合うと幸せそうに目を細める。俺は不思議がる。俺と手を繋げて嬉しいのか? 手なら誰とでも繋げるだろうに。
暫く待つと体育館の二つの出入り口付近の人の数が減ってくる。
よし、そろそろ行くか。後は教室で担任に校長先生と同じ話をされてお知らせのプリントを数枚渡されてお開きになるはずだ。そこからはついに俺の怠惰な時代が始まるぜっ。
「……」
動き出したいけど流石にこの状態では目立ってしまう。今でさえ遠目にチラチラと見てくる生徒が数人いて非常に気まずい。
「あの神崎さん手を離して欲しいんだけど」
「やだ」
駄々を捏ねる子供のように言う神崎さん。どうやら俺の手を離す気が無いらしい。そんなに俺の手を握るのが好きなのか。俺はやれやれと思いながら
「これじゃ周りに恋人関係に思われて俺は困るんだけど」
「私はそれでも良いよ」
華やかに微笑みながら神崎さんが言うので俺は困り果てる。最近神崎さんの構い方のバリエーションが増えた。ちょっと前まで肩に少し触れるくらいだったのだが、最近は大胆になってきている。
その上、こうして周りに勘違いさせるような事を言う。これじゃまるで俺に恋をしているみたいじゃないか。おいおいそんなキラキラした目で言われると俺もひょっとしたらと誤解しそうになる。
いつまで神崎さんは俺に興味を無くしてくれるのか。このままだと本気になりそうで困る。
「あの、このまま教室まで行く気?」
「うんっ」
まじか~、まあ本人が望んでるなら仕方ないか。周りから変な目で見られる事はしょうがないか。ここは恥を忍んで行くしかないか。俺はそう決めて歩き出す。当然手を繋いでる神崎さんも付いてくる。
何の変哲も無い渡り廊下を歩いていたら、当然生徒にも目が付くわけで俺は終始胃が痛む思いに囚われた。
教室の前まで来ると神崎さんは少し寂しそうな顔をして絡められていた指を少しずつ離していく。まるで名残惜しそうに。そうして神崎さんは俺を見て微笑んでから教室に入っていく。俺も後に続いて入る。
「皆、席に着いたか。先ほど校長先生が言ってた通り――」
そこからは簡単だった。担任が先ほどの校長先生が言ってた通りの言葉を話しお知らせのプリント二枚が配られる。
「よし。では皆良い夏休みを過ごすように……では以上」
担任の話が終わった瞬間、一斉に生徒が立ち上がり各々集団を作り楽しそうに会話をしている。まあどうせこの後カラオケ行こうとかスタバに行って話そうとか、そんな下らない事を言ってるんだろうが。
俺はクラスメート達を一通り眺めた後、配られたプリント二枚を鞄に入れる。そして忘れ物がないかと机の中身を確認する。うん、無いな。
俺は鞄を片手に椅子から立ち上がるといそいそと教室から出て廊下に出る。何処までも続く薄く過ぎず濃すぎずの緑の廊下。俺が学校で唯一好きなのは廊下だと断言できる。
何故かというと緑の廊下を眺めていたら心が落ち着くのだ。人と極力関わらない俺にとっては至福の一時だ。
俺はそんな廊下をスタスタと歩き校門まで出た時
「影野待って」
と後ろから大きな声で名字を呼ばれる。振り返ると神崎さんが肩で息をしていた。
「ハアッ……ハアッ」
神崎さんは前屈みになって息を切らしている。どうやら相当走った模様。
「神崎さん大丈夫?」
俺は神崎さんに歩み寄りながら声を掛ける。すると今まで顔を下げていた神崎さんが顔を上げる。
「大丈夫……もう、どうしてそんなに早く帰ろうとするのよっ」
恨みがましそうに俺を見る神崎さん。いやいやそりゃ話す相手もいないし、やることないから帰るでしょ。
「いやだって、話し相手もいないしやることないから」
「やることならあるでしょ?」
そう言って神崎さんは俺の隣に立ち俺の手を取り恋人つなぎをしてくる。そしてふっと柔らかく微笑むと
「私と一緒に帰ることっ」
と可愛らしく元気に言う神崎さん。まあ今日は終業式だし、予定が無いから神崎さんに合わせるのも良いかなと思いながら一緒に帰ることにするのだった。




