97 若いねぇ
夏休みも中盤に差し掛かっていた。
蒼はコンビニのレジに立ちながら、ぼんやりと外を眺めていた。
照りつける日差しと、アスファルトの熱気。
いかにも夏らしい午後だった。
「おい蒼ー」
だるそうな声が背後から飛んでくる。
振り返ると、牧原が棚に寄りかかりながらこちらを見ていた。
「この前の海、どうだったよ」
いかにも興味なさそうな口調。
けど、視線だけはしっかりこっちを見ている。
蒼は軽くため息をつく。
「普通っすよ。手伝いっすし」
「ふーん」
牧原は短く返す。
一瞬黙ったあと、少しだけ口角を上げた。
「女、多かったんだろ」
「……まあ」
「で?」
「何もないっすよ」
即答。
その様子を見て、牧原は少しだけ笑う。
「お前、嘘つくの下手だな」
蒼は眉をひそめる。
「ついてないっす」
「はいはい」
軽く流しながらも、牧原は視線を外さない。
「まあでも、あれだろ」
「優子ちゃんもいたんだろ?」
蒼は一瞬だけ固まる。
「……いましたけど」
牧原はニヤッと笑う。
「水着どうだった?」
「……は?」
「優子ちゃん、意外とエロい体してるからなー」
「おい」
蒼はすぐにツッコむ。
「先生ですよ」
「いいじゃん別に、優子ちゃんは優子ちゃんだろ」
悪びれもなく言う牧原。
「で?」
「他には?」
蒼はため息をつく。
「……普通でしたって」
牧原は無視するように続ける。
「あの子もいたんだろ?」
「この間お前がコンビニで知り合った子」
「確か̶̶新井凛ちゃんだっけか?」
蒼の動きが、ほんのわずかに止まる。
「……いましたよ」
その反応を見て、牧原は確信したように笑う。
「ほらな」
「絶対なんかあると思ったわ」
「何もないっす」
「その顔で言っても説得力ねーんだよ」
牧原は軽く肩をすくめる。
「まあでも」
「誰か一人くらい、気になるやつできたんじゃねーの」
核心を突く一言。
蒼は一瞬だけ言葉に詰まる。
「……別に」
その“間”を、牧原は見逃さない。
「いるな」
「いねーっす」
牧原は小さく笑った。
「ま、いいわ」
「そういう顔してるときは、だいたい自分で分かってねーだけだしな」
その言葉に、蒼は少しだけ視線を逸らす。
頭の中に浮かぶのは̶̶
凛の笑顔。
愛菜の表情。
そして、小夜の横顔。
(……なんだよ、これ)
うまく整理できない感情に、少しだけ眉を寄せる。
そのとき。
「おーい、二人とも」
奥から声が飛んできた。
糸井だった。
「仕事中に恋バナすんなよー」
苦笑いしながら、ゆるく手を振る。
「店長、これ恋バナじゃないっすよ」
蒼が言うと、糸井はさらに苦笑する。
「いやいや、その顔は完全にしてるだろ」
「若いねぇ」
どこか楽しそうに言う。
牧原は肩をすくめる。
「この年になるとさ、こういうの見てるのが一番面白いんだよ」
「牧原さんまだ21でしょ」
蒼がツッコむ。
糸井が笑う。
「いやーでも分かるよ、牧原くんの気持ち」
「青春っていいよなぁ」
そして、ふと思い出したように言う。
「あ、そういえばさ」
「今日このあと、バイトの面接来るんだよ」
「女子高生」
蒼は少しだけ顔を上げる。
「へぇ」
「夏休みだしねぇ、人手足りなくてさ」
糸井はのんびりと続ける。
「どんな子か分かんないけど、ちゃんとしてる子だといいなぁ」
牧原がニヤつく。
「どうせ蒼の後輩とかじゃねーの?」
「そんなわけないっす」
蒼は即答する。
ちょうどそのとき、来店音が鳴る。
蒼はそのままレジに向き直った。
「いらっしゃいませ」
接客しながらも、頭の奥ではさっきの言葉が引っかかっていた。
̶̶気になるやつ
(……)
そして、まだ見ぬ“女子高生”。
夏の空気の中で、何かが少しずつ動き始めている。
そんな気がしていた。




