96 私のところ来てくださいね?
時間が、止まったような感覚。
風の音だけが、やけに大きく聞こえる。
蒼は、何も言えなかった。
「高校のときからずっと」
「マネージャーやってたときから」
「ずっと、好きでした」
七海は、まっすぐ蒼を見る。
その目は、少しだけ揺れていた。
でも。
逸らさなかった。
「……でも」
七海は、小さく笑う。
少しだけ、涙をこらえるように。
「今、答えとかはいらないです」
「え……?」
「だって」
「なんとなく分かるから」
蒼の胸が、少しだけざわつく。
「蒼先輩」
「今、好きなのって」
一瞬、言葉を止めて。
「凛先輩ですか?」
蒼の呼吸が、止まる。
「……それとも」
「愛菜先輩ですか?」
蒼は、目を閉じる。
頭の中に浮かぶのは̶̶
凛の笑顔。
砂浜での時間。
触れた手。
約束。
そして̶̶
愛菜との過去。
でも。
浮かび続けていたのは――
ひとつだった。
ゆっくりと、目を開く。
「……俺は」
「凛が̶̶」
言葉が、そこで止まる。
でも。
もう分かっていた。
(……俺)
(凛のこと̶̶)
その瞬間。
胸の奥が、はっきりと形になる。
「……そっか」
七海が、小さく笑う。
その目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
「やっぱり、そうですよね」
「なんとなく、分かってました」
七海は、顔を上げる。
涙をこらえながら、それでも笑う。
「でも」
「これでスッキリしました!」
「言えたので!」
少しだけ声が強くなる。
少しだけ、震えていた。
「蒼先輩」
「これからも、応援してますね」
にこっと笑う。
その笑顔は、少しだけ無理をしていた。
でも。
ちゃんと、前を向いていた。
少しだけ間を置いて。
七海は、少しだけいたずらっぽく笑う。
涙の跡を、誤魔化すように。
「……でも」
「諦めたわけじゃないですからね?」
蒼は少しだけ目を丸くする。
「もしダメだったら」
「そのときは、私のところ来てくださいね?」
少しだけ照れたように。
でも、どこか強気に笑う。
蒼は、思わず苦笑する。
「……お前な」
「えへへ」
「……ありがとな」
蒼は、静かに言う。
二人は、また歩き出す。
夕焼けの空の下。
それぞれの想いを抱えたまま。
少しずつ、前へ進んでいく




