95 蒼先輩
海の家の片付けも終わり。
それぞれが帰路につく時間になった。
「じゃあまたなー!」
三郎が大きく手を振る。
「おつかれー!」
千尋も元気に返す。
太陽は「気をつけて帰れよ」と落ち着いた声で言いながら、その場を後にした。
蒼も歩き出す。
そのとき。
「蒼先輩」
後ろから声がした。
振り返ると、七海が立っていた。
「一緒に帰ってもいいですか?」
「……ああ、いいけど」
二人は並んで歩き出す。
夕方の空は、少しずつ色を変えていた。
「今日、楽しかったですね」
七海が明るく言う。
「ああ」
「みんなでこういうの、いいよな」
「はい!」
七海は嬉しそうに笑う。
しばらく歩いたところで。
蒼がふと気づく。
「……あれ?」
「お前の家、こっちじゃなかっただろ」
七海は少しだけ笑う。
「もう、こっちなんです」
「……は?」
「引っ越しました」
「親の都合で」
蒼は足を止める。
「……そうなのか?」
「はい」
「本当は春に引っ越す予定だったんですけど」
少しだけ視線を落として。
「野球部、引退するまで待ってもらってて」
「それで、このタイミングで引っ越してきました」
そして、少しだけ笑う。
「たまたま、蒼先輩の家の近くだったんです」
蒼は少しだけ驚いたように目を見開く。
「……すごい偶然だな」
「ですよね」
七海は笑う。
その笑顔は、どこか嬉しそうだった。
少しの沈黙。
波の音が、まだ遠くに聞こえていた。
七海が、ふと立ち止まる。
「……蒼先輩」
その声は、少しだけ真剣だった。
蒼も足を止める。
「どうした?」
七海は、一度だけ深く息を吸う。
そして。
「私」
少しだけ視線を落としてから。
そのまま、ゆっくりと顔を上げる。
瞳が、少しだけ潤んでいた。
「蒼先輩のこと、ずっと好きでした」




