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蒼色の恋に。  作者: ひろねる


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95/243

94 やっぱり

片付けが一段落して。

少しだけ時間が空いた。

「ちょっと飲み物取ってくるね」

凛がそう言って、その場を離れる。

⸻

少し離れた場所。

海の家の裏手。

人の気配が少しだけ遠くなる。

凛は自販機の前で立ち止まった。

そのとき。

「……凛ちゃん」

後ろから声がかかる。

振り向くと――愛菜がいた。

「あ、愛菜ちゃん」

「ちょっといい?」

いつもより、少しだけ落ち着いた声。

「……うん」

⸻

二人は、少しだけ人のいない場所に移動する。

波の音が、遠くに聞こえる。

⸻

「さっきさ」

愛菜がぽつりと言う。

「蒼と、楽しそうだったね」

凛は少しだけ驚く。

「……え?」

「ビーチバレーのあと」

「二人で話してたでしょ」

凛は一瞬だけ言葉に詰まる。

「……うん」

「ちょっとだけ」

⸻

少しの沈黙。

愛菜は、視線を海に向けたまま続ける。

「凛ちゃんってさ」

「優しいよね」

「え……?」

「誰にでも優しいし」

「ちゃんと周り見てるし」

凛は少し戸惑う。

「……急にどうしたの?」

⸻

愛菜は、少しだけ笑う。

でもその笑顔は、どこか力が入っていなかった。

「ねえ、凛ちゃん」

「蒼のこと、どう思ってる?」

⸻

凛は、少しだけ息を止める。

頭の中に浮かぶのは――

さっきの時間。

砂浜。

触れた手。

約束。

⸻

「……楽しいよ」

ゆっくりと言葉を選ぶ。

「一緒にいると、すごく」

「落ち着くし」

「……いい人だなって思う」

⸻

「そっか」

愛菜は小さく頷く。

そのまま、少しだけ間を置いて。

⸻

「私さ」

静かに言う。

「蒼のこと、まだ好きなんだ」

⸻

凛の時間が、一瞬止まる。

「……え」

思わず、声が漏れる。

⸻

「高校のとき付き合ってて」

「蒼の肩のこと。」

「いろんなことがあって……別れたけど」

「でも、ずっと」

「忘れられなくて」

⸻

――私、蒼のこと、まだ好きなんだ。

その言葉が、頭の中で何度も繰り返される。

⸻

愛菜ちゃんは、静かに話している。

高校のとき付き合っていたこと。

蒼くんの肩のこと。

いろんなことがあって、別れたこと。

でも――

それでも、忘れられなかったこと。

⸻

ちゃんと、聞いてる。

全部、理解できる。

でも。

それ以上に――

胸の奥が、ざわざわしていた。

⸻

(……やっぱり)

凛は、心の中で思う。

⸻

ずっと、そんな気がしていた。

⸻

水着を買いに行ったとき。

愛菜ちゃんが、少しだけ言葉を止めたあの瞬間。

⸻

買い出しのとき。

二人が並んで歩いていた、あの空気。

⸻

あのとき感じた、言葉にできない違和感。

⸻

(あれは――)

ただの気のせいじゃなかった。

⸻

蒼と愛菜ちゃん。

二人の間には、

きっと。

⸻

私には分からない時間がある。

⸻

私が知らない、

二人だけの記憶がある。

⸻

私が入れない、

“二人だけの世界”がある。

⸻

さっきの海。

楽しかった時間。

砂浜で笑ったこと。

触れた手。

約束。

⸻

全部、本物のはずなのに。

⸻

その中に、

少しだけ混ざる。

知らない誰かの影。

⸻

(……私)

⸻

ほんの一瞬。

思う。

⸻

このまま、進んでいいのかなって。

⸻

でも。

その答えは、すぐに出る。

⸻

凛は、小さく息を吐く。

⸻

(……だめだ)

⸻

ゆっくりと。

でも、はっきりと。

⸻

心の中で、決める。

⸻

(このままじゃ、いけない)

⸻

顔を上げる。

いつも通りの笑顔を作る。

⸻

「教えてくれて、ありがとう」

⸻

その声は、ちゃんといつも通りだった。

⸻

でも――

⸻

その奥で。

⸻

凛の中の何かが、

静かに変わり始めていた。

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