85 頼れる人
海の家は、想像以上に忙しかった。
「いらっしゃいませー!」
千尋の元気な声が響く。
「焼きそば二つお願いしまーす!」
「はーい!」
店内はすでに満席に近く、次々と客が入ってくる。
三郎は注文を取りながら声を張り上げていた。
「すいません!今ちょっと混んでて少し待ちます!」
「それでもいい人だけお願いしまーす!」
「お前、言い方!」
太陽がすぐにツッコむ。
「ちゃんと丁寧に言え」
「いやだって回らねぇんだって!」
そんなやり取りの横で、蒼は手際よく料理を運んでいた。
「お待たせしました、焼きそばです」
「ありがとうございます~」
落ち着いた対応に、客も自然と笑顔になる。
「蒼、こっち手伝って!」
厨房から愛菜の声が飛ぶ。
「はい!」
蒼はすぐに動き、皿を受け取る。
そのやり取りを、少し離れた場所から凛が見ていた。
(……すごいな)
自然に動いて、周りも見えていて。
“頼れる人”って、こういう人のことなんだろうなと、ふと思う。
――そのとき。
「凛ちゃん」
不意に声をかけられる。
振り向くと、小夜が隣に立っていた。
「大丈夫?忙しいけど」
少しだけ落ち着いた声。
どこか余裕のある雰囲気。
「……あ、はい」
凛は少しだけ姿勢を正す。
「大丈夫です」
「そっか」
小夜は軽く頷くと、凛の手元を見る。
「ドリンク担当だっけ?」
「はい」
「じゃあ、このタイミングで一気に作った方が楽だよ」
「あとでまとめて出す感じで」
「……あ、なるほど」
凛は素直に頷いた。
「ありがとうございます」
「ううん」
小夜はふっと笑う。
「慣れてるだけ」
一瞬、沈黙。
波の音と、店内のざわめきだけが聞こえる。
小夜が、ふと視線を横に向ける。
その先には――蒼。
忙しく動き回りながらも、どこか楽しそうな表情。
それを見て、小夜は小さく口元を緩めた。
「……蒼くん、こういうの向いてるよね」
何気ない一言。
でも、どこか少しだけ含みのある言い方だった。
凛はその言葉に、ほんの一瞬だけ反応する。
「……そうですね」
短く返す。
小夜は続ける。
「優しいし、ちゃんと周り見てるし」
「モテそう」
「……」
凛は少しだけ言葉に詰まる。
「……どうなんですかね」
少しだけ視線を逸らしながら答える。
小夜はそんな凛を横目で見て、くすっと笑った。
「凛ちゃんってさ」
「蒼くんのこと、どう思ってるの?」
不意に、核心に触れるような問い。
凛の手が一瞬止まる。
「……え?」
「いや、なんとなく」
軽いトーン。
でも、視線はしっかり凛を見ている。
凛は一瞬だけ迷う。
でもすぐに、いつもの調子で答える。
「……普通に、いい人だなって」
少しだけ控えめな言い方。
小夜はそれを聞いて、少しだけ目を細めた。
「ふーん」
短い相槌。
そのまま少しだけ前を向く。
「まあ、いいよね」
「そういう距離感」
意味ありげな言葉。
凛はその意味を考えかけるが――
「凛!ドリンクまだ!?」
千尋の声が飛んできた。
「……あ、はい!」
凛はすぐに動き出す。
その背中を見ながら、小夜は小さく呟いた。
「……かわいいな」
どこか楽しそうに。
⸻
一方で――
「おい蒼!これどこ持ってく!?」
「テーブル3!」
「了解!」
相変わらずバタバタとした店内。
それぞれが動きながらも、どこか一体感があった。
そしてその中で、
少しずつ――
関係が、動き始めていた。




