81 おはようございます
静かな部屋。
テーブルの上には
空になったピザの箱と
三本のビールの缶。
窓の外では、夜の街が静かに眠っていた。
カーテンの隙間から、朝の光が静かに差し込んでいた。
蒼はゆっくりと目を開ける。
「……ん」
ぼんやりした意識のまま天井を見上げる。
見慣れない天井。
数秒してから思い出す。
(……あ、小夜さんの部屋だ)
体を少し動かそうとして、ふと気づく。
すぐ隣に、人の気配があった。
蒼はそっと視線を横に向ける。
そこには、小夜がいた。
ソファーの上で横になり、静かに眠っている。
長い黒髪がクッションの上に広がり、柔らかな朝の光がその横顔を照らしていた。
蒼は思わず息を止める。
距離が、近い。
思っていたよりずっと近かった。
ほんの少し体を動かせば、肩が触れてしまいそうな距離。
蒼の鼓動が少しだけ速くなる。
(……近いって)
小夜は少し寝返りを打つ。
その拍子に、着ていたシャツの襟元がわずかに崩れた。
肩口が少しだけ覗く。
蒼は思わず視線を逸らす。
(……やばい)
しかし一瞬見えてしまった光景が頭から離れない。
蒼は慌てて体を起こそうとする。
そのとき。
「……ん」
小夜が小さく声を漏らした。
蒼の動きが止まる。
小夜のまつ毛が、ゆっくりと動いた。
そして目が開く。
少しぼんやりした視線が蒼を捉える。
数秒。
小夜は蒼の顔を見つめたまま、状況を理解するように瞬きをした。
それから、ふっと笑う。
「……おはよ」
蒼は一瞬言葉に詰まる。
「……お、おはようございます」
小夜はまだ眠そうな顔のまま体を少し起こした。
髪をかき上げる。
そのとき、自分の服の状態に気づく。
ちらっと蒼を見る。
そして口元を少しだけ緩めた。
「……もしかして」
「見ちゃった?」
蒼は一瞬固まる。
「い、いや!」
小夜はくすっと笑う。
「冗談」
「そんな焦らなくてもいいのに」
蒼は顔を少し赤くしながら視線を逸らした。
小夜はテーブルの方を見る。
そこには
空になったピザの箱と
三本のビールの缶。
小夜は小さく笑った。
「……昨日、結構飲んだな」
そして蒼を見る。
「ちゃんと覚えてる?」
少しだけ悪戯っぽい笑みだった。
小夜は軽く伸びをした。
「んー……」
まだ少し眠そうな声だった。
蒼はソファーから体を起こしながら言う。
「昨日……すみません」
小夜が首を傾ける。
「なにが?」
「いや、泊めてもらっちゃって」
小夜はくすっと笑った。
「気にしなくていいよ」
「むしろ私が飲みすぎたせいだし」
テーブルの上を見る。
空になったピザの箱と、三本のビールの缶。
小夜は苦笑する。
「……やっぱ三本は飲みすぎだったな」
蒼も少し笑う。
「そうですね」
「おかげで俺も泊まることになりましたけど」
小夜は楽しそうに言った。
「結果オーライじゃん」
そう言ってソファーから立ち上がる。
「ちょっと待ってて」
「顔洗ってくる」
小夜はそう言って洗面所の方へ向かった。
蒼は一人になった部屋を見回す。
昨夜の出来事を思い返す。
ピザを食べて、恋バナして、そしてそのまま寝てしまった。
なんだか少し不思議な感覚だった。
数分後。
小夜が戻ってくる。
髪を軽くまとめながら言う。
「蒼くんも顔洗う?」
「あ、じゃあ借ります」
蒼は洗面所へ向かった。
冷たい水で顔を洗う。
少しだけ頭がすっきりする。
リビングへ戻ると、小夜は窓を開けていた。
朝の風が部屋に入ってくる。
小夜は振り返る。
「電車、さっき動き始めたみたいだよ」
蒼はスマホを見る。
確かに運転再開の通知が出ていた。
「ほんとだ」
小夜は言う。
「じゃあ駅まで送ろうか」
蒼は少し驚く。
「え、いいんですか?」
小夜は笑う。
「昨日蒼くんが言ってたでしょ」
「私、運転できないじゃないですかって」
蒼も笑う。
「確かに言いましたね」
小夜は車のキーを手に取る。
「さすがに一晩寝たからもう大丈夫」
そして振り返る。
「行こっか」
蒼は軽く頷いた。
「はい」
二人は玄関へ向かう。
ドアを開けると、朝の光が眩しかった。
蒼は靴を履きながら言う。
「小夜さん」
「昨日はありがとうございました」
小夜は少しだけ笑う。
「どういたしまして」
そして軽く肩をすくめる。
「また野球の話しようよ」
蒼は頷く。
「はい」
小夜は車のキーを軽く回しながら言った。
「それと」
少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべる。
「今度は電車止まらない日に来てね」
蒼は一瞬固まる。
小夜はくすっと笑った。
「冗談」
そして少しだけ蒼を見て言う。
「……でも」
「昨日は、楽しかったよ」
蒼は少し驚く。
小夜はもう前を向いて歩き出していた。
「ほら、行こ」
蒼は少しだけ微笑んで、その後を追った。




