76 一人暮らしだから
球場を出ると、外はすっかり夕方の空気になっていた。
観客たちもそれぞれ帰路につき始めている。
蒼と小夜も球場の駐車場の方へ歩いていた。
そのとき、小夜が言った。
「蒼くん」
蒼が振り向く。
「はい?」
小夜は軽く車のキーを見せながら言った。
「よかったら送ってくよ」
「私、車で来てるから」
蒼は少し驚いたように言う。
「え、いいんですか?」
小夜は肩をすくめて笑う。
「別に遠回りじゃないし」
「電車で帰るんでしょ?」
蒼は少し考えてから頷いた。
「じゃあ……お言葉に甘えます」
「助かります」
二人はそのまま駐車場へ向かい、小夜の車に乗り込んだ。
エンジンがかかり、車はゆっくりと駐車場を出ていく。
少し走ったところで、小夜が聞いた。
「駅まででいいんだよね?」
蒼はシートベルトを締めながら答える。
「はい、大丈夫です」
車は夜の街を静かに走っていく。
しばらくして、小夜がふと思い出したように声を上げた。
「あ」
蒼が顔を向ける。
「どうしたんですか?」
小夜は少し困ったように笑った。
「ごめん」
「ちょっと家寄らなきゃいけない用事思い出した」
「すぐ終わるから付き合ってもらっていい?」
蒼はすぐに頷いた。
「全然大丈夫ですよ」
数分後。
車は住宅街のマンションの前で止まった。
蒼は窓の外を見る。
「ここですか?」
小夜はエンジンを切りながら言った。
「うん」
「私の家」
「一人暮らし」
そう言って小夜は車を降りた。
「ちょっと待ってて」
玄関のドアを開け、小夜は中へ入っていく。
蒼はその間、スマホを取り出した。
電車の時間を確認しようと画面を見る。
そのときだった。
「……あれ?」
小夜が玄関から顔を出す。
「どうしたの?」
蒼はスマホを見ながら言った。
「人身事故みたいです」
「電車止まってます」
小夜は少し目を丸くした。
「え?」
蒼が画面を見せる。
「復旧、一時間以上って出てますね」
小夜は少し考えてから言った。
「……じゃあ」
「とりあえず上がる?」
蒼は少し戸惑う。
「いやでも……」
小夜は軽く笑った。
「外で一時間待つのも変でしょ」
「大丈夫」
「一人暮らしだから」




