71 ゲームセット
逆転はされたものの、隅田はなんとか後続を打ち取り、最少失点でこの回を終えた。
スコアは3対2。
総武学園は最後の攻撃、9回裏を迎える。
スタンドの空気はまだ諦めていない。
だが――。
木更津商業の二番手ピッチャーが、流れを完全に断ち切った。
低めに丁寧に集める投球。
打たせて取る堅実なピッチング。
総武学園打線は、その投球を最後まで攻略することができなかった。
最後の打球がセカンドゴロに倒れた瞬間。
――試合終了。
3対2。
木更津商業の勝利。
総武学園の選手たちは、その場で崩れるように座り込んだ。
グラウンドのあちこちで、選手たちが涙を流している。
ベンチの中でも――
七海が顔を覆いながら、声を上げて泣いていた。
蒼はそれを、静かにスタンドから見つめていた。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
(……懐かしいな)
高校時代のことが、自然と頭に浮かぶ。
夏の大会。
試合後のベンチ。
先輩たちの涙。
蒼はぼんやりと、そんな記憶を思い出していた。
「蒼くん」
小夜の声が聞こえる。
だが蒼は、まだグラウンドを見つめたままだった。
「蒼くん」
もう一度呼ばれる。
それでも気づかない。
「蒼くん」
三度目で、ようやく蒼はハッとした。
「あ……ごめんなさい」
「なんですか?」
小夜はグラウンドを見ながら言った。
「残念だったね」
蒼は少しだけ笑う。
「そうですね」
小夜は蒼の横顔を見る。
「蒼くん」
「昔のこと思い出してたでしょ?」
蒼は少し照れたように頷いた。
「……はい」
小夜は静かにグラウンドを見る。
「やっぱり野球っていいね」
蒼は前を向いたまま、はっきりと答えた。
「はい」
その声は、さっきよりもずっと強かった。
すると小夜が、ふと思い出したように言う。
「ねえ」
「この間、蒼くん言ったこと覚えてる?」
蒼は少し首を傾げる。
「え?」
小夜はくすっと笑った。
「蒼くん、あの時」
「もしまた投げられるようになったら!」
小夜は少し声色を変えて続ける。
「そのときは̶̶」
そして、蒼の方を見て言った。
「一番最初に、あなたに俺のピッチング見てもらいたい!」
蒼は一瞬固まる。
そして顔が一気に赤くなる。
「……そ、そんなこと言いましたっけ?」
誤魔化すように視線を逸らす。
小夜は小さく笑った。
「言ったよ」
そして少しだけ真剣な表情になる。
「あの言葉」
「すごく嬉しかった」
蒼は言葉を失う。
小夜は続けた。
「私さ」
「野球に恋してるって言ったでしょ?」
そして少しからかうように笑う。
「でもさ」
「もしかしたら」
「昔見た、あの君のピッチングにも恋してるのかも」
蒼はハッとした。




