64 再戦デート
翌日。
講義を終えた蒼は、大学のキャンパスを歩いていた。
昼休みが近い時間で、構内には学生の姿が多い。
そのときだった。
「蒼くん」
後ろから声がかかる。
蒼が振り返ると、そこには黒崎紗夜が立っていた。
長い黒髪が風に揺れ、相変わらず目を引く美しさだった。
蒼は軽く手を上げる。
「小夜さん」
紗夜は小さく笑う。
「また会ったね」
「あれから大学でちょくちょく会うよね」
あの試合の日以来、二人はキャンパスで顔を合わせるたびに少し話すようになっていた。
ほとんどは野球の話だ。
「あの試合、太陽くんいいバッティングしてたね」
紗夜が言う。
蒼は頷く。
「高校のときからあいつ打つ方は本当すごいんですよ」
「キャッチャーやりながら四番打ってましたし」
紗夜は少し感心したように言う。
「やっぱり」
「なんか雰囲気あったもんね」
しばらく世間話をしながら並んで歩く。
そのとき、紗夜がふと蒼の方を見る。
「ねえ」
蒼が顔を向ける。
「はい?」
紗夜はさらっと言った。
「今週の土曜日、デートしよ」
蒼は一瞬固まる。
「……え?」
紗夜は少しだけ口元を緩めた。
「ふふ」
「冗談」
蒼は少し力が抜けたように息を吐く。
「びっくりしましたよ……」
紗夜は楽しそうに言った。
「でも、ちょっと惜しかった?」
蒼は苦笑する。
「いや、それは……」
言葉を濁す蒼を見て、紗夜は話を戻した。
「土曜日さ」
「高校野球あるんだよ」
蒼が顔を上げる。
「え?」
紗夜は言う。
「木更津商業と総武学園」
「準々決勝」
蒼は少し目を細めた。
木更津商業。
総武学園。
二年前の秋大会。
「……覚えてますよ」
蒼は小さく笑う。
「小夜さんが、俺のピッチング初めて見た試合ですよね」
紗夜は嬉しそうに頷いた。
「そうそう」
「私、あの試合で蒼くんのピッチング初めて見たんだよ」
そして続ける。
「私たちの母校同士」
「せっかくだし観に行かない?」
蒼は少しだけ遠くを見る。
マウンド。
歓声。
あの頃のグラウンドの景色が、ふと頭に浮かんだ。
蒼は小さく笑う。
「……行きます」
紗夜も頷いた。
「決まり」
「じゃあ土曜日ね」
二人はそのままキャンパスの道を歩いていく。
少しずつ、距離が縮まっていくようだった。




