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56 なんでだろ…
蒼はふと、高校二年の夏大会のことを思い出した。
県大会で見た井端の打席。
バットを振るたびに、打球が鋭く外野へ飛んでいく。
(すげぇな……)
(こういう選手が、プロに行くんだな)
そう思った記憶が、今でもはっきり残っている。
その井端が̶̶
自分のピッチングを評価していた。
蒼は少し照れくさそうに笑った。
「……でも」
「あの井端さんにそんなことまで言ってもらえるのは」
「正直、嬉しいです」
小夜は蒼を見ながら聞いた。
「きみ、バッティングもよかったでしょ?」
「続けることもできたんじゃない?」
蒼は少し考えてから答えた。
「……やっぱり」
「投げられないピッチャーができないってことに絶望してました」
小夜は黙って聞いている。
蒼は続けた。
「あの時は人生で初めての挫折でした」
「すごく腐りました」
「野球から逃げたんです」
蒼はふと思う。
(……あれ?)
(なんでだろ)
(この人には、あの時のことを素直に話せる)
自分でも少し不思議だった。
小夜は小さく頷く。
「そうなんだ」
その一言だけだった。




