37 やらないの?
住宅街の夜道を、蒼と愛菜は並んで歩いていた。
街灯の光がぽつぽつと道を照らし、二人の影がゆっくり伸びていく。
「なんかほんと、高校の帰り道みたいだね」
愛菜がさっきの言葉をもう一度口にする。
蒼は苦笑する。
「確かに。あの頃も、こんな感じで一緒に帰ってたな」
少しだけ沈黙が流れる。
しばらく歩いたあと、愛菜がふと聞いた。
「ねぇ蒼」
「ん?」
「もう野球はやらないの?」
蒼は少しだけ空を見上げて、右肩を軽く回す。
「……この肩じゃな」
苦笑混じりの声だった。
「思いっきり投げるのは、もう無理だよ」
愛菜は少しだけ眉を寄せる。
「でもさ、蒼は打つ方もすごかったじゃん」
蒼は小さく笑う。
「まぁな。でも野球ってさ、やっぱ投げられないと色々きついんだよ」
そう言って肩をすくめる。
また少し静かな時間が流れる。
やがて愛菜が、何気ない声で言った。
「そういえばさ」
「ん?」
「凛ちゃんとはどうなの?」
蒼は一瞬だけ歩くペースを乱した。
「どうって?」
「ほら、今日も結構楽しそうだったし」
愛菜は前を向いたまま、さらっと言う。
「大学でも有名だしね、あの子」
蒼は少しだけ困ったように笑った。
「別に、まだそんな感じじゃないよ」
「ふーん」
愛菜は短く返す。
その声は軽かったけれど、どこか探るようでもあった。
二人はまた並んで歩く。
夜の住宅街は静かで、足音だけが小さく響く。
しばらくして、蒼が言った。
「でもさ」
「ん?」
「今日は楽しかったな」
愛菜は少しだけ笑う。
「うん。私も」
二人の足取りは、昔の帰り道みたいにゆっくり続いていった。




