188 やりたいんでしょ
翌日。
昼。
学食。
人のざわめきの中で、蒼はトレーを持ったまま少し立ち止まる。
(……どうするか)
頭の中に、昨日の光景が残っている。
グラウンド。
宮本の言葉。
「おーい」
後ろから声。
振り向くと、太陽と愛菜が席に座っていた。
「アオ、こっち」
愛菜が軽く手を振る。
「ああ」
頷いて、向かう。
席に座る。
少しだけ、間。
「……どうした?」
太陽が言う。
「なんか考えてる顔してるけど」
「……そんな分かる?」
蒼が苦笑する。
「分かる」
太陽があっさり言う。
「で、何?」
「……昨日さ」
蒼が口を開く。
「牧原さんに連れてかれて」
「大学の野球部、見に行った」
「……」
太陽の表情が少しだけ変わる。
「へぇ」
「キャプテンに会って」
「入らないかって言われた」
「……」
愛菜が、静かに蒼を見る。
「どうすんの?」
太陽が聞く。
「……まだ決めてない」
正直に言う。
「なんで?」
「……」
少しだけ言葉を探す。
「怖いってのもあるし」
「ちゃんとやるってなると」
「いろいろ向き合うことになるし」
「……」
「それに」
「投げれないしな」
少しだけ笑う。
「野球部ってなると……なんか違う気もして」
「……」
少しの沈黙。
「でもさ」
太陽が言う。
「別に投げれなくてもできるだろ」
「確かに真剣にやるってなったら色々弊害はあるかもしれないけど」
「それでもお前の打撃センスは大学でも通用すると思うよ」
「……」
「それに」
「徐々にサークルでも投げれるようになってんじゃん」
「……まあ」
蒼が少しだけ頷く。
「多少は痛むけど、最近は調子もいいよ」
「だろ」
太陽が言う。
「サークルだろうが部活だろうが」
「野球をやることに変わりはねーだろ」
「……」
その言葉が、すっと入ってくる。
その横で。
「アオ」
愛菜が呼ぶ。
「……ん?」
「やりたいんでしょ」
「……」
一瞬、言葉が止まる。
「……」
「顔、そう言ってる」
「……」
逃げられない。
「……やりたい」
小さく言う。
愛菜が少しだけ笑う。
「じゃあやればいいじゃん」
「……」
「別に難しく考えなくていいと思うよ」
「……」
「アオがやりたいなら、それでいい」
「……」
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
「……」
少しだけ息を吐く。
「……だな」
顔を上げる。
「……やるか」
静かに言う。
太陽が軽く笑う。
「決まりだな」
愛菜も、少しだけ安心したように笑う。
ざわざわした学食の中で——
少しだけ、前に進んだ気がした。




