183 ほんと
朝。
薄く差し込む光の中で、蒼はゆっくりと目を開ける。
「……ん」
ぼんやりと天井を見る。
いつもと少し違う感覚。
隣に、気配がある。
「……?」
視線を横に向ける。
「……は?」
愛菜が、すぐ隣で寝ていた。
同じ布団の中。
距離が、近い。
「……」
一瞬、固まる。
「……ん」
愛菜が少し動く。
ゆっくりと目を開ける。
「……おはよう」
まだ寝ぼけた声。
「……お、おう」
蒼も少し戸惑いながら返す。
「おはよう」
数秒。
沈黙。
「……」
愛菜の表情が、徐々に変わる。
「……っ!?」
一気に顔が赤くなる。
「こ、これは、その……!」
慌てて起き上がる。
「寒くて……」
言い訳のように言う。
視線は泳いだまま。
「……」
蒼は少しだけ見つめて——
「……まあ、いいけど」
軽く言う。
そのまま、手を伸ばして——
ぽん、と頭を撫でる。
「顔洗ってこい」
少しだけ笑う。
「……っ」
愛菜は何も言えず、慌てて部屋を出ていく。
朝食。
いつも通りの空気。
「いただきます」
愛菜は、少しだけ静かに食べている。
(さっきの……)
思い出すだけで、顔が熱くなる。
「お前たち、今日帰るんだろ?」
父が言う。
「うん」
蒼が答える。
「何時の新幹線だ?」
「17時くらいかな」
「そうか」
父が頷く。
「じゃあ、私送ってくから」
母が言う。
「ありがとう」
蒼が言う。
「ありがとうございます」
愛菜も頭を下げる。
昼過ぎ。
「ちょっとさ」
愛菜が言う。
「この辺、少し歩きたい」
「いいよ」
蒼が頷く。
二人で外に出る。
雪の残る道。
静かな空気。
「ここ」
蒼が立ち止まる。
「昔、よく来てた公園」
「へぇ」
愛菜が見渡す。
「澪とも、よく来てた」
ぽつりと言う。
「……そうなんだ」
そのまま、歩く。
森の中の道。
「この辺もさ」
蒼が言う。
「小さい頃、よく遊んでた」
「いいとこだね」
愛菜が小さく言う。
時間はゆっくり過ぎていく。
気づけば、16時を少し回っていた。
「そろそろ戻るか」
「うん」
家に戻る。
「ただいま」
玄関に入ると——
「お、帰ってきた」
澪がいた。
「……え」
蒼が少し驚く。
「私も一緒に送る」
さらっと言う。
「いいのかよ」
「いいの」
軽く返す。
駅。
夕方の空気。
「じゃあ、ちゃんとやりなさいよ」
母が言う。
「わかってるって」
蒼が少しだけめんどくさそうに言う。
「愛菜ちゃん」
母が向き直る。
「蒼のこと、よろしくね」
「はい」
愛菜がしっかり頷く。
「任せてください」
笑って言う。
「蒼ちゃんたちさ」
澪が言う。
「また春になったら来てよ」
「桜見に行こう」
「うん」
蒼が頷く。
「また来る」
「はい、必ずまた来ます」
愛菜が少し笑って言う。
「じゃあさ」
澪がふっと笑う。
「連絡先教えて」
「え?」
「せっかくだし」
「うん」
スマホを出す。
交換する。
「また絶対来てね」
「うん、来る」
「あとさ」
澪が笑う。
「愛菜ちゃん、私たちタメなんだから敬語やめてよ」
「……あ」
少しだけ驚いて——
「うん、わかった」
笑って答える。
「じゃあ、時間だな」
蒼が言う。
「行くわ」
「うん」
愛菜も頷く。
「ありがとうございました」
母と澪に頭を下げる。
「また来ます」
背を向ける。
その瞬間——
「ね」
肩を、軽く叩かれる。
「……?」
振り向く前に——
耳元で、澪の声。
「ちゃんと蒼ちゃんと一発キメなよ」
「……っ!?」
一気に顔が真っ赤になる。
「おーい、愛菜」
「置いてくぞー」
蒼の声。
「ま、待ってよ!」
慌てて駆ける。
少しだけ振り返る。
母と澪が、大きく手を振っている。
(ほんと、澪ちゃんてば……)
顔を赤くしたまま、心の中で呟く。
二人は並んで、改札へ向かっていく。
青森の空気が、少しずつ遠ざかっていった。




