182 初詣
夜。
外はすっかり暗くなり、冷たい空気が静かに広がっていた。
居間には、こたつと湯気の立つ鍋。
「そろそろ食べよっか」
母が言う。
「年越しだしね」
「いただきます」
皆で手を合わせる。
温かい蕎麦の香りが、ふわっと広がる。
「やっぱこれだよな」
蒼が言う。
「年越しって感じする」
「でしょ」
母が笑う。
愛菜も、そっと箸を持つ。
「美味しい……」
自然と声が漏れる。
「よかった」
母が嬉しそうに言う。
穏やかな時間。
ゆっくりと過ぎていく。
やがて——
「そろそろ行く?」
蒼が時計を見る。
「初詣」
「うん」
愛菜が頷く。
外に出る。
夜の空気は冷たく、静かだ。
遠くに、神社の明かりが見える。
参道。
人の気配はあるが、どこか落ち着いている。
「寒いな」
蒼が息を吐く。
「ほんとだね」
愛菜も少し肩をすくめる。
並んで歩く。
自然と距離が近くなる。
「着いた」
小さな神社。
灯りが、静かに揺れている。
順番を待つ。
静かな空気。
やがて、前に進む。
手を合わせる。
目を閉じる。
(野球、ちゃんと続けられますように)
(あと——)
少しだけ、考える。
(愛菜と、これからも一緒にいられますように)
蒼は、静かに目を開ける。
隣で、愛菜も手を合わせている。
(健康でいられますように)
(あと——)
(これからも、アオとずっと一緒にいられますように)
ゆっくりと、目を開ける。
参拝を終えて、少し離れる。
「アオ、何お願いしたの?」
愛菜が聞く。
「ん?」
蒼が少しだけ考えてから——
「愛菜と、これからも一緒にいられますようにって」
さらっと言う。
「……っ」
愛菜の頬が、少し赤くなる。
「……そっか」
小さく言う。
「愛菜は?」
蒼が聞き返す。
「……」
少しだけ視線を逸らす。
「……一緒」
照れながら、小さく答える。
「そっか」
蒼が少しだけ笑う。
自然と、手が触れる。
そのまま、指を絡める。
「……寒いし」
蒼が言う。
「早く帰ろ」
「……もう」
愛菜が小さくため息をつく。
「まったく」
少し呆れたように言いながら——
手は、離さないまま。
二人は、並んで歩き出す。
静かな夜。
その足音だけが、ゆっくりと響いていた。




