175 そりゃ、そうか
部屋を出て、廊下を歩く。
ふすまが閉まる音が、静かに後ろに残る。
「……」
少しだけ、息を吐く。
寒いはずなのに、どこか体が熱い。
「蒼ちゃんかぁ……」
小さく、呟く。
さっきの顔を思い出す。
少しだけ、間があって。
それから名前を呼ばれたこと。
「……忘れてたな、あれ」
くすっと笑う。
でも——
嫌な気は、しなかった。
「変わってなかったな」
ぽつりと言う。
話し方も。
空気も。
あの感じも。
「……でも」
少しだけ、言葉が止まる。
「彼女、か」
頭の中に浮かぶ。
さっきの女の子。
「井口愛菜」
名前をなぞる。
「……ちゃんとしてたな」
素直に思う。
落ち着いてて。
ちゃんと隣にいる感じ。
「……そりゃ、そうか」
小さく笑う。
「蒼ちゃんだもんな」
ふと、視線を落とす。
自分の手を見る。
「……」
何かを思い出す。
昔。
当たり前みたいに一緒にいた時間。
雪の日も。
夏の日も。
特に理由もなく、隣にいた。
「……ちょっとは」
言いかけて、やめる。
「いや」
首を軽く振る。
「今さらか」
小さく、息を吐く。
でも——
胸の奥に、ほんの少しだけ残る感覚。
消えたはずのもの。
消えきってないもの。
「……ま、いいや」
軽く言う。
無理に考えるのをやめる。
「とりあえず」
少しだけ前を向く。
「温泉でも行くか」
その一言で、全部を流すみたいに。
澪は、歩き出した。




