170 母
駅の外。
白い雪が、静かに降り続いていた。
「……さむっ」
愛菜が肩をすくめる。
「だから言っただろ」
蒼が少し笑う。
そのとき——
「蒼ー!」
明るい声が、少し離れたところから響く。
「……あ」
蒼が顔を上げる。
手を振りながら近づいてくる女性。
「久しぶりー」
「……どうも」
蒼が軽く返す。
「相変わらずだねあんたは」
くすっと笑ってから——
その視線が、愛菜に向く。
「愛菜ちゃん、久しぶりだね」
「お久しぶりです」
愛菜が少しだけ頭を下げる。
でも、その表情はどこか嬉しそうだった。
「大きくなったねー」
「いやそんな変わってないです」
思わず笑う。
「いやいや、雰囲気がね」
母親が楽しそうに言う。
そして——
ちらっと蒼を見る。
「また付き合い始めたんだ?」
「……」
蒼が少しだけ顔をしかめる。
「そういうのいいから」
「なにがよ」
母が笑う。
「分かりやすいんだから」
「うるせーな」
少し呆れたように返す。
その横で——
愛菜が少し照れたように笑う。
「……えっと」
「また、お世話になります」
「こちらこそだよー」
母がすぐに返す。
「むしろ嬉しいくらい」
「ほら、乗って乗って」
車の方へ促す。
⸻
車の中。
暖房の効いた空間に、外の寒さが嘘みたいに消える。
「……あったか」
愛菜がほっとしたように呟く。
「でしょー」
母が笑う。
車がゆっくりと走り出す。
⸻
「そういえばさ」
母がバックミラー越しに蒼を見る。
「大学どうなの?」
「普通」
「普通ってなによ」
「普通だよ」
蒼が軽く返す。
「ちゃんと行ってるし」
「友達は?」
「いる」
「ほんとに?」
「いるって」
少しだけ面倒くさそうに言う。
そのやり取りに——
「ちゃんとやってますよ」
愛菜が横から口を挟む。
「アオ、普通に大学楽しんでますし」
「バイトもちゃんとやってますし」
「友達とも普通に仲いいですよ」
「……」
蒼が少しだけ愛菜を見る。
「なにそのフォロー」
「事実でしょ」
くすっと笑う。
「……まあ、そうだけど」
少しだけ照れたように返す。
⸻
「へぇ」
母が少しだけ安心したように笑う。
「ちゃんとしてんじゃん」
「だから言ってんだろ」
蒼が軽く返す。
「あと」
愛菜が少しだけ続ける。
「最近また野球もやり始めたんですよ」
「……」
その言葉に——
母の表情が、ほんの一瞬だけ止まる。
「……そうなの?」
声は、いつも通り。
でも——
少しだけ柔らかくなる。
「まあ、軽くですけど」
蒼が言う。
「サークルみたいな感じで」
「……そっか」
母は、静かに頷く。
バックミラー越しに、少しだけ蒼を見る。
その視線は——
ほんのわずかに、心配を含んでいた。
でも——
すぐに、元の表情に戻る。
「無茶はしないでよね」
「分かってる」
蒼もあっさり返す。
「ちゃんと考えてやってる」
「ならいいけど」
母は軽く笑う。
⸻
「ばあちゃん、どう?」
蒼がふと聞く。
「ん?」
母が少しだけ視線を戻す。
「体調」
「……まあ、落ち着いてはいるよ」
少しだけ間を置いてから言う。
「でも、無理はさせられないかなって感じ」
「そっか」
蒼が小さく頷く。
「顔見せたら、たぶん喜ぶよ」
「だろうな」
少しだけ、柔らかく言う。
⸻
「高校のときもさ」
母がふと思い出したように言う。
「二人でよく帰ってきてたよね」
「はい」
愛菜が懐かしそうに頷く。
「よくお邪魔してました」
「ほんと仲良かったよね」
「……今さらそれ言うなよ」
蒼が少し呆れたように言う。
「いいじゃん別に」
母が笑う。
「で?」
また愛菜を見る。
「こんなバカ息子で本当にいいの?」
「おい」
即ツッコミ。
「それ本人の前で言うなよ」
「事実じゃん」
「うるせぇ」
少しだけため息をつく。
そのやり取りに——
愛菜がくすっと笑う。
「大丈夫です」
はっきりと答える。
「ちゃんと分かってるので」
「なにを?」
蒼が少しだけ眉をひそめる。
「色々です」
少しだけ楽しそうに言う。
「……なんだそれ」
蒼も少しだけ笑う。
⸻
やがて——
車がゆっくりと止まる。
「着いたよ」
母が言う。
窓の外には、雪に包まれた家。
静かで、落ち着いた場所。
「……懐かしいな」
蒼が小さく呟く。
その景色を、少しだけ見つめる。
「……いいね」
ぽつりと、言う。
「だろ」
蒼も少しだけ笑う。
⸻
ドアを開ける。
冷たい空気と、白い世界。
新しい時間が——
ここから、また始まる。




