168 出発
12月30日の朝。
冷たい空気が、駅前にゆっくりと広がっていた。
吐く息は白く、足元からじんわりと寒さが伝わってくる。
スーツケースを引く音が、静かに響く。
「……さむ」
愛菜が肩をすくめる。
マフラーに顔を少し埋めながら、小さく息を吐く。
「まだこれで寒いって言ってたら、向こう行ったら死ぬぞ」
蒼が少し笑いながら言う。
「いや、さすがにそこまでは言ってないじゃん」
「顔が言ってる」
「言ってないし」
少しだけ頬を膨らませる。
そのやり取りに、蒼は軽く笑う。
「まあ、ちゃんと準備してきたなら大丈夫だろ」
「うん」
少し得意げに頷く。
「カイロも持ったし、手袋もあるし」
「なら安心だな」
軽く頷く。
「寒かったらちゃんと言えよ」
「言うよ」
少しだけ笑う。
「……頼るから」
その一言に、蒼は少しだけ目を細める。
「おう、任せとけ」
自然に返す。
⸻
そのまま、改札の方へ歩き出す。
年末の朝。
人はそこまで多くない。
静かな空気の中、二人の足音だけが響く。
「……なんかさ」
愛菜がぽつりと呟く。
「ん?」
「アオの田舎のおばあちゃんち行くの、ちょっと変な感じ」
「なんでだよ」
蒼が少し笑う。
「いや、なんかさ」
少しだけ考える。
「アオの家族のとこ行くって、今までなかったじゃん」
「まあ、そうだな」
軽く頷く。
「でもさ」
蒼が少しだけ続ける。
「そんな構えなくていいと思うぞ」
「ほんとに?」
「うん」
少しだけ柔らかく言う。
「普通に話せばいいし」
「……そっか」
愛菜が少しだけ安心したように頷く。
「でも」
少しだけ笑う。
「おばあちゃんは初めてだけど」
視線を少しだけ上げる。
「アオのお母さんには久しぶりに会うなーって感じ」
「……あー」
蒼も思い出したように頷く。
「高校のとき来てたもんな」
「うん」
少しだけ笑う。
「なんか懐かしい」
「たぶん喜ぶと思うぞ」
「ほんとに?」
「うん」
少しだけ肩をすくめる。
「普通に気に入ってたし」
「……そっか」
愛菜が少しだけ照れる。
⸻
少しだけ、間。
静かな空気。
でも——
どこか、心地いい。
「……楽しみ?」
蒼がふと聞く。
「うん」
愛菜はすぐに頷く。
「雪も見たいし」
「やっぱそこか」
少しだけ笑う。
「大事でしょ」
「まあな」
軽く頷く。
「じゃあちゃんと見せてやるよ」
「ほんと?」
「うん」
少しだけ笑う。
「めっちゃ降るときは、ほんとすごいぞ」
「うわ、楽しみ」
目を少しだけ輝かせる。
⸻
そのとき——
電車がホームに滑り込んでくる。
ドアが開く音。
「……行くか」
蒼が言う。
「うん」
愛菜も頷く。
二人、並んで乗り込む。
席に座る。
窓の外に、見慣れた景色。
電車が、ゆっくりと動き出す。
「……」
流れていく景色。
少しずつ、遠ざかっていく日常。
「……なんかさ」
愛菜が小さく呟く。
「ほんとに行くんだなって感じ」
「だな」
蒼も頷く。
「まあでも」
少しだけ言葉を続ける。
「たまにはこういうのもいいだろ」
「うん」
愛菜も頷く。
「……一緒だし」
小さく、付け足す。
「……」
蒼は少しだけ笑う。
「だな」




