14 痛み
春の大会。
これに勝てば、関東大会出場が決まる試合だった。
九回裏。
スコアは 2対1。
蒼たちは一点リードしていた。
ツーアウト。
ランナー二塁、三塁。
スタンドの応援がざわめいている。
その中に、愛菜の姿もあった。
フェンスの向こう、マウンドの上の蒼をじっと見つめている。
(蒼なら大丈夫)
そう思っていた。
蒼はこれまで、何度もこういう場面を抑えてきた。
キャッチャーの太陽がミットを構える。
サインは――ストレート。
蒼の一番自信のある球だった。
太陽が小さく声をかける。
「いつも通りいけ」
蒼は小さく頷く。
最後のバッター。
ツーストライク。
あと一球で終わる。
スタンドが静まり返る。
蒼はボールを強く握り直した。
ここで終わらせる。
そう思い、腕を振り抜く。
――その瞬間。
肩に、電気が走ったような激痛が走った。
「っ……!」
ほんの一瞬、体がぶれる。
ボールは――
ど真ん中に吸い込まれる。
カキン。
乾いた金属音がグラウンドに響く。
打球はセンターの頭上を越えていった。
愛菜の目の前で、白球が遠くへ飛んでいく。
歓声が一気に爆発する。
ランナーが二人、ホームを踏む。
サヨナラ。
蒼はマウンドの上で立ち尽くした。
センターの奥に転がるボールが、やけに遠く見えた。
スタンドでは相手チームの歓声が響いている。
愛菜はフェンスの向こうから、その光景を見ていた。
(……え?)
蒼が打たれる姿なんて、ほとんど見たことがなかった。
マウンドの上で動かない蒼の姿が、胸をざわつかせる。
蒼はゆっくりとベンチへ歩き出した。
俯いたまま、何も言わずに。
愛菜は思わず立ち上がる。
(蒼……)
声をかけようとした。
でも、言葉が出なかった。
試合に負けた直後の蒼に、何を言えばいいのか分からなかった。
愛菜はただ、フェンス越しにその背中を見つめることしかできなかった。
(大丈夫かな……)
蒼はベンチへ戻る途中、太陽に呼び止められる。
「蒼」
蒼は振り返る。
太陽は真剣な顔をしていた。
「最後の球、なんであんな甘くなった?」
蒼は一瞬だけ言葉に詰まる。
肩はまだズキズキと痛んでいた。
けれど、蒼は小さく首を振る。
「……ただの失投だ」
太陽は蒼の目をじっと見つめる。
「嘘だろ」
蒼は視線を逸らした。
「別に」
太陽は少し黙る。
それ以上は何も言わなかった。
蒼は拳を握る。
肩の奥が、鈍く痛んでいた。




