144 この人だ
午後の街。
人の流れの中を歩きながら、凛はぼんやりと前を見ていた。
(……)
頭の中に、あの日のことが浮かぶ。
花火。
夜。
蒼の声。
「
……あれ、愛菜ちゃん?」
気づいたときには、声が出ていた。
目の前にいたのは——
久しぶりに見る、その姿。
「
……凛ちゃん」
少しだけ間が空く。
(久しぶり、だ)
でも——
その一言が、なかなか出てこない。
「久しぶりだね」
ようやく言えた言葉は、少しだけぎこちなかった。
(……やっぱり)
普通じゃいられない。
あのときのことが、あるから。
カフェで向かい合って座る。
何から話せばいいのか、分からない。
(……言わなきゃ)
ずっと、引っかかっていた。
「
……蒼くんのこと」
口を開こうとした瞬間——
「
……蒼から、聞いたよ」
愛菜の声。
(……あ)
一瞬で、分かる。
逃げられない。
「振ったんだってね」
(……うん)
小さく頷く。
(ちゃんと、言わなきゃ)
「
……私さ」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「蒼くんのこと、ちゃんと好きだったよ」
嘘じゃない。
でも——
「付き合えないって、思った」
(なんで?)
その答えは、分かってる。
海での会話。
愛菜の言葉。
“それでも、告白させてほしい”
あのときの顔。
(……あれ見ちゃったら)
無理だよ。
「それでも、分かってたのに」
自分でも、分かってる。
「蒼くんの隣にいるのは」
(私じゃない)
「愛菜ちゃんの方がいいって、思った」
言い切る。
胸の奥が、少しだけ痛む。
(……ほんとは)
少しだけ、視線を落とす。
(隣にいたかった)
でも——
(それじゃダメなんだよ)
愛菜の言葉が、刺さる。
「なかったことにするってこと?」
その一言で、顔を上げる。
(違う)
違う。
「
……違うよ」
ちゃんと、言う。
逃げない。
(私は)
自分で、決めた。
愛菜の言葉を聞く。
その中で、分かる。
(やっぱり)
この人だ。
蒼の隣にいるのは。
自分じゃない。
「
……ううん、違う」
言葉が自然に出る。
「そうじゃなきゃダメだよ」
まっすぐ、伝える。
「蒼くんの隣は、私じゃない」
少しだけ、息を吸う。
「愛菜ちゃんじゃなきゃ、ダメなの」
言い切る。
胸の奥が、少しだけ軽くなる。
(……これでいい)
愛菜が笑う。
その顔を見て——
(……よかった)
少しだけ、肩の力が抜ける。
もう、迷いはなかった。




