140 ちゃんと
午後の街。
講義帰りの人で、ほどよく賑わっている。
愛菜は一人で歩きながら、ぼんやりと前を見ていた。
そのとき——
「
……あれ、愛菜ちゃん?」
聞き慣れた声に、足が止まる。
顔を上げると、そこにいたのは——
「
……凛ちゃん」
少しだけ、間が空く。
ほんの一瞬だけ、時間が止まったような感覚。
「久しぶりだね」
凛が、少しだけぎこちなく笑う。
「
……うん」
愛菜も、小さく頷く。
花火大会の夜が、頭をよぎる。
あのときの会話。
あのときの決意。
「今、帰り?」
凛が聞く。
「うん、そんな感じ」
短く答える。
少しだけ沈黙が落ちる。
人の流れの音だけが、周りを通り過ぎていく。
凛が、小さく息を吸った。
「
……少しだけ、いい?」
その言い方で分かる。
ただの立ち話じゃない。
「
……うん」
愛菜は頷いた。
近くのカフェ。
二人は向かい合って座っていた。
さっきまでの雑踏が嘘みたいに、静かだった。
何から話せばいいのか分からない。
そんな空気が、しばらく続く。
先に口を開いたのは、愛菜だった。
「
……蒼から、聞いたよ」
凛の肩が、わずかに揺れる。
「花火の日のこと」
視線を逸らさずに、続ける。
「振ったんだってね」
静かな声。
でも、その奥にあるものは、はっきりしていた。
凛は、何も言わない。
ただ、小さく息を吐く。
「
……うん」
短く答える。
「
……私さ」
ゆっくりと、言葉を選ぶように続ける。
「蒼くんのこと、ちゃんと好きだったよ」
(……)
分かってる。
そんなことは。
「でも」
凛の声が、少しだけ震える。
「付き合えないって、思った」
愛菜は、黙って聞いていた。
「それでも、分かってたのに」
凛は、まっすぐ愛菜を見る。
「蒼くんの隣にいるのは」
一瞬の間。
「愛菜ちゃんの方がいいって、思った」
静かに、言い切る。
(……)
愛菜の中で、何かが揺れる。
嬉しいのか。
苦しいのか。
分からない。
ただ一つだけ、はっきりしているのは——
(……それじゃ)
自分が決めたことが、意味を持たなくなる。
「
……凛ちゃん」
ゆっくりと口を開く。
「それってさ」
少しだけ、言葉を探す。
「私があのとき言ったこと、全部……」
視線を上げる。
「なかったことにするってこと?」
静かな店内に、その言葉だけが落ちる。




