135 投げるな
スタンド。
愛菜は、じっと蒼を見つめていた。
ホームランを打って、笑ったあの表情。
(……あのときと同じ)
高校の頃。
野球をしていたときの、蒼の笑顔。
胸が、ドクンと鳴る。
「……蒼」
小さく、名前を呟いた。
⸻
反対側のスタンド。
凛もまた、視線を外せずにいた。
(……すごい)
鼓動が、収まらない。
(……かっこいい)
その言葉が、自然と浮かぶ。
⸻
そして̶̶
試合は最終回へ。
九回裏。
スコアは̶̶4-2。
ツーアウト。
ランナー二塁、三塁。
一打同点の場面。
グラウンドの空気が、一気に張り詰める。
⸻
マウンドの投手が、息を吐く。
太陽はミットを構える。
(……内野抜かれたら終わりだ)
(同点だ)
一瞬の判断。
太陽は、インコースに構えた。
̶̶ストレート。
⸻
ピッチャーがセットから投げる。
だが̶̶
(……甘い!)
少しだけ真ん中に入った。
「まずい……!」
太陽の目が見開く。
⸻
打球は̶̶
一二塁間を抜けた。
「抜けた!」
スタンドがどよめく。
三塁ランナーがスタートを切る。
二塁ランナーも三塁を回る。
⸻
外野。
ライトが打球を処理する。
その送球に向かって̶̶
蒼がカットに入る。
「回せ!!」
ベンチから声が飛ぶ。
⸻
蒼がボールを受ける。
その瞬間̶̶
太陽が叫ぶ。
「蒼!!投げるな!!」
⸻
その声に。
スタンドの全員が反応した。
愛菜。
七海。
小夜。
凛。
一瞬だけ、息を呑む。
⸻
(……太陽)
蒼はボールを握りながら思う。
(それは無理だろ)
(俺は̶̶)
ほんの一瞬。
肩に、痛みが走る。
それでも̶̶
(今、この瞬間を楽しんでんだよ)
⸻
振りかぶることなく̶̶
全力で、投げた。
̶̶ズバンッ!!!
一直線の送球。
完璧な軌道。
⸻
太陽がそれを受ける。
「来い……!」
走り込むランナー。
̶̶バシッ
タッチ。
⸻
「アウト!!」
⸻
一瞬の静寂。
次の瞬間̶̶
「うおおおおおおおお!!!」
球場が揺れる。
試合終了。




