122 ちょうどいい距離感
後期が始まって、数日。
昼休みのキャンパスは、学生たちで賑わっていた。
その中を、蒼は一人で歩いていた。
講義を終え、なんとなく中庭の方へ向かう。
「……」
ふと、足が止まる。
視線の先。
見覚えのある後ろ姿。
短い黒髪。
少しだけ、落ち着いた雰囲気。
「……」
一瞬、迷う。
声をかけるかどうか。
その間に̶̶
「……蒼?」
先に気づいたのは、向こうだった。
振り返る。
愛菜と、目が合う。
「……久しぶり」
少しだけ、ぎこちない笑顔。
「……ああ」
蒼も、短く答える。
ほんの少し、間が空く。
どこか気まずい空気。
でも̶̶
愛菜が、ふっといつもの表情に戻る。
「なにその顔」
少し笑う。
「久しぶりなんだから、もうちょっと普通にしてよ」
「いや……」
蒼は少しだけ苦笑する。
「お前もだろ」
「私は普通だし」
肩をすくめる愛菜。
そのやり取りは、どこか懐かしかった。
少しだけ、空気が緩む。
⸻
「……で?」
愛菜がふと真面目な顔になる。
「結局さ」
少しだけ視線を逸らしてから、戻す。
「凛ちゃんとは、どうなったの?」
ストレートな質問。
蒼は一瞬だけ黙る。
「……」
少しだけ息を吐く。
「……振られた」
静かに言う。
愛菜の眉がわずかに動く。
「え?」
「なんで?」
蒼は苦笑する。
「……俺の中に、まだ愛菜がいるって」
「それで無理だってさ」
その言葉に̶̶
愛菜の表情が止まる。
「……なにそれ」
小さく呟く。
少しだけ視線を落とす。
「……せっかく、踏ん切りつけたのに」
ぽつりとこぼれる本音。
そのまま、少し黙る。
(……え)
心の中で、何かが揺れる。
(じゃあ、まだ……?)
ほんの一瞬、浮かぶ可能性。
でも̶̶
すぐに、首を振る。
(いや、違う)
(もう決めたじゃん)
自分に言い聞かせる。
「……」
表情は、いつも通りに戻す。
でも、少しだけぎこちなかった。
⸻
蒼が口を開く。
「……俺もさ」
視線を少しだけ落とす。
「正直、よくわかってねーんだよ」
愛菜が、黙って聞く。
「凛のことは、好きだったはずなのに」
「でも……ああ言われて」
少しだけ笑う。
「……図星だったんだろうなって」
小さく息を吐く。
「俺の中に、まだお前がいるって」
その言葉に、愛菜の指先が少しだけ動く。
蒼は続ける。
「だからって、どうしたらいいのかも分かんねぇし」
「……正直、ぐちゃぐちゃだ」
自嘲気味に笑う。
そして̶̶
少しだけ顔を上げる。
「……でもさ」
少しだけ真面目な声になる。
「もう、お前のこと困らせたくねぇんだよ」
その一言に̶̶
愛菜の目が揺れる。
「……」
言葉が出ない。
少しだけ視線を逸らす。
胸の奥が、じわっと熱くなる。
⸻
「……なにそれ」
小さく笑う。
少しだけ、強がるように。
「今さら優しいこと言わないでよ」
でも、その声は少しだけ震えていた。
蒼は何も言わない。
⸻
しばらく、沈黙。
周りの喧騒だけが耳に入る。
「……じゃあさ」
愛菜が、軽く言う。
いつもの調子に戻すように。
「とりあえず、今はこのままでいいんじゃない?」
蒼が顔を上げる。
「無理に答え出そうとしてもさ」
「余計ぐちゃぐちゃになるでしょ」
少しだけ笑う。
「だから、まあ……」
ほんの少しだけ間を置く。
「いつも通りでいいじゃん」
軽い口調。
でも̶̶
その奥には、いろんな感情が混ざっていた。
蒼は小さく頷く。
「……そうだな
⸻
二人の間に、少しだけ距離が残る。
近くもなく、遠くもない。
曖昧な距離。
でも̶̶
それが、今の二人にはちょうどよかった。




