121 ちゃんと泣いた?
九月中旬。
大学は後期が始まり、キャンパスには再び活気が戻っていた。
夏の名残を感じさせる暑さの中、
学生たちの声があちこちで響いている。
その中を、二人の少女が並んで歩いていた。
「……で?」
千尋が横目で見る。
「花火大会、どうなったの?」
軽い口調。
でも、その視線はしっかりと凛を捉えていた。
凛は少しだけ前を見たまま、答える。
「……告白、されたよ」
千尋の眉がわずかに動く。
「へぇ」
短く返す。
「で?」
「どうしたの」
凛は少しだけ息を吐く。
ほんの一瞬、あの夜の光景がよぎる。
夜空に広がる花火。
あの人の声。
「……断った」
静かに言う。
千尋は少しだけ間を置く。
「ふーん」
それ以上、驚く様子はない。
むしろ̶̶
「まあ、そうなるかって感じ」
どこか納得したように呟く。
凛は苦笑する。
「……そんな顔しないでよ」
「別に何も言ってないじゃん」
千尋は肩をすくめる。
少しだけ歩く。
足音が重なる。
そして̶̶
千尋が、ふと口を開く。
「それでよかったの?」
シンプルな問い。
凛は足を止めない。
少しだけ視線を落としてから。
「……うん」
小さく頷く。
迷いはなかった。
その様子を見て、千尋はふっと息を吐く。
「そっか」
それ以上は深く聞かない。
そして、少しだけ笑う。
「前も言ったでしょ」
「凛の選択に文句はないって」
軽い口調。
でも、言葉は真っ直ぐだった。
凛は少しだけ目を細める。
「……うん」
短く答える。
しばらく、何も言わずに歩く。
周りの賑やかな声とは裏腹に、
二人の間には静かな空気が流れていた。
「……でもさ」
千尋がぽつりと呟く。
凛が横を見る。
千尋は前を向いたまま、少しだけ笑う。
「ちゃんと泣いた?」
その言葉に̶̶
凛は一瞬、言葉を失う。
「……」
少しだけ、目を逸らす。
「……泣いたよ」
小さく答える。
千尋は「そっか」とだけ言った。
それ以上、何も言わない。
でも、その一言で十分だった。
⸻
少しだけ、歩く距離が伸びる。
凛は前を向いたまま、ゆっくりと息を吐いた。
胸の奥に、まだ残っている感覚。
あの夜の光。
あの人の声。
̶̶大好きだよ
自分の言葉が、ふと蘇る。
「……」
指先が、ほんの少しだけ強く握られる。
(……ほんとに)
心の中で、呟く。
(これで、よかったんだよね)
答えは、もう決まっているはずなのに。
ほんの一瞬だけ、揺れる。
でも̶̶
すぐに、小さく首を振る。
(ううん)
(これでいい)
ゆっくりと目を閉じて、開く。
空は高く、青かった。
「……行こっか」
いつも通りの声で言う。
千尋が「うん」と答える。
凛は前を向いて歩き出す。
その表情は、いつもと変わらない。
でも̶̶
胸の奥には、まだ少しだけ
消えないものが残っていた。




