119 蒼先輩は?
「……悪くねぇな」
そう思った、そのとき。
七海がふっと立ち上がる。
「じゃあ最後に!」
蒼の方を見て、にやっと笑う。
「野球、やりましょ」
「……は?」
蒼は少しだけ眉をひそめる。
七海はそのまま歩き出す。
「ほら、ありますよ」
施設の奥を指差す。
そこには、バッティングエリアがあった。
蒼は一瞬だけ足を止める。
「……」
ほんのわずかに、表情が変わる。
「どうしたんですか?」
七海が振り返る。
蒼は小さく息を吐いた。
「……いや」
少しだけ苦笑する。
「久しぶりだなと思って」
⸻
左バッターボックスに立つ。
バットを軽く握り直す。
「まずは軽めでいきましょ!」
七海が言う。
「120キロとかで!」
「まあ、そのくらいがいいな」
蒼は構える。
機械が動く。
̶̶シュッ
ボールが放たれる。
̶̶カンッ
乾いた音が響く。
鋭い打球が前へ飛ぶ。
「おお!」
七海が声を上げる。
「さすがですね!」
「まあ、120ならな」
蒼は軽く言う。
「まだ体も反応する」
もう一球。
̶̶カンッ
しっかりと芯で捉える。
「普通にめっちゃ打ってるじゃないですか」
「こんくらいならな」
淡々とした口調。
でも、どこか自然だった。
⸻
「じゃあ次!」
七海が目を輝かせる。
「130キロいきましょ!」
蒼は少しだけ笑う。
「いきなり上げすぎだろ」
「大丈夫ですよ!」
「蒼先輩ならいけます!」
「……まあ、やるけど」
軽く肩を回す。
再び構える。
機械が動く。
̶̶シュッ
ボールが来る。
̶̶カンッ!!
鋭い音。
打球はそのまま一直線に飛ぶ。
「えっ」
七海が固まる。
次の一球。
̶̶カンッ!!
さらに強い当たり。
そして̶̶
三球目。
̶̶カンッ!!
ホームランエリアへと吸い込まれる。
「……は?」
七海が完全に言葉を失う。
蒼は軽く息を吐く。
「……まあ、こんなもんか」
バットを下ろす。
七海がゆっくり振り向く。
「……蒼先輩」
その目は、完全に驚いていた。
「まだまだやれるんじゃないですか……?」
その言葉に̶̶
蒼は少しだけ視線を逸らす。
「……どうだろうな」
軽く笑う。
それ以上は、何も言わなかった。
⸻
そのあと。
外にある小さなスペースで、軽くキャッチボールをすることになった。
「いきますよー!」
七海がボールを投げる。
少し山なりのボール。
蒼が受ける。
̶̶パシッ
「うまくなったな」
「でしょー?」
「だてに三年間野球部のマネージャーやってませんよ!」
七海が胸を張る。
蒼も軽く笑う。
ボールを投げ返す。
̶̶パシッ
一定のリズムで続く。
「……今日、楽しかったです」
七海がぽつりと呟く。
「そうかよ」
蒼は軽く返す。
「蒼先輩は?」
少しだけ間。
「……まあ」
「悪くなかったな」
正直な言葉。
七海は少しだけ嬉しそうに笑う。
キャッチボールは続く。
「肩、大丈夫なんですか?」
七海がふと聞く。
蒼は少しだけ考える。
「……まあ、軽く投げる分にはな」
軽く答える。
七海は少しだけ表情を変える。
「そうなんですか」
小さく頷いてから̶̶
「でも無理しないでくださいよ」
七海が言う。
「マネージャー目線かよ」
蒼が笑う。
「当たり前じゃないですか」
少しだけ強い口調。
でも、その中に優しさがあった。
「……まあな」
蒼は小さく頷く。
ボールを投げる。
夕方の光が、少しずつ落ちていく。
キャッチボールの音が、静かに響いていた。




