11 過去で始まり
高校2年の春。
俺と愛菜は同じクラスになったばかりで、偶然席が隣になった。
最初はただの隣の席の子って感じだった。
授業中にプリントを回したり、消しゴムを貸したり。
そんな普通のやり取りをするくらいの関係だった。
でも、気づけば少しずつ話すことが増えていた。
ある日の授業中。
「蒼、消しゴム貸して」
「また忘れたのかよ」
「だって蒼が持ってるからいいじゃん」
「意味分かんねぇ」
そう言いながら消しゴムを渡すと、愛菜は楽しそうに笑った。
その笑顔を見ると、なんだか少しだけ嬉しくなる。
放課後、教室に残って宿題をしていると、愛菜がノートを持ってきた。
「ねえ、この問題どうやるの?」
俺は椅子を少し寄せてノートを見る。
「ここ先に出せばいいんだよ。ほら」
ペンで式を書きながら説明する。
すると、愛菜がすぐ近くで覗き込んできた。
「……あ、ほんとだ」
顔が近い。
思ったより近くて、少しだけ緊張する。
「蒼、教えるの上手いね」
「普通だろ」
「いや、結構分かりやすい」
そう言って笑う愛菜の横顔を見て、俺はなんだか少しドキッとしたのを覚えている。
それから、放課後に一緒に帰ることも増えた。
体育祭の練習の後の帰り道。
夕日が校舎を赤く染めていて、グラウンドからはまだ部活の声が聞こえていた。
「今日はめっちゃ汗かいたね」
愛菜が大きく伸びをする。
「体育祭の練習、結構きついな」
「でもちょっと楽しいけどね」
そんな話をしながら並んで歩く。
ふと気づくと、二人の距離はかなり近かった。
手を伸ばせば触れそうなくらい。
でも、お互い何も言わない。
その距離が、なんだか心地よかった。
そして夏休み前。
俺は野球部の県予選でマウンドに立っていた。
スタンドを見ると、愛菜がいた。
フェンスの向こうから、じっとこっちを見ている。
試合が始まる。
キャッチャーミットの音が、グラウンドに響く。
「ストライク!」
審判の声と同時に歓声が上がる。
マウンドの上で、俺はただ必死だった。
一球、一球、全力で腕を振る。
そして最後のバッター。
ツーストライク。
キャッチャーのサインに小さく頷き、思い切り腕を振る。
ボールがミットに収まる。
「ストライク!バッターアウト!」
その瞬間、グラウンドに歓声が広がった。
ガッツポーズもせず、俺はただ静かに拳を握る。
愛菜はその真剣な横顔から、目が離せなかった。
試合が終わる。
校門の前で、愛菜が待っていた。
「蒼!」
俺が近づくと、愛菜は嬉しそうに笑う。
「ナイスピッチング!」
「おう」
「……すごかった」
少し照れたように言う。
「なんかさ」
愛菜は少し視線を逸らして続けた。
「蒼、すごく真剣な顔してた」
俺は軽く笑う。
「まあ、試合だからな」
その言葉を聞きながら、愛菜は思う。
さっきまでマウンドに立っていた蒼の姿が、頭から離れない。
普段教室で話している蒼とは、まるで違った。
ただ勝つことだけを考えて、全力で投げていた。
――こんなふうに、本気になれる人なんだ。
胸の奥が、少しだけ強く鳴る。
その時、愛菜は気づいてしまった。
蒼のことが、好きなんだと。




