107 決めたこと
夏祭りの会場近く。
人の少ない道の脇。
凛は、一人で立っていた。
浴衣の袖を、ぎゅっと握る。
「……まだ、かな」
小さく呟く。
でも̶̶
心は、落ち着いていなかった。
(……遅いな)
時間は、もう過ぎている。
それでも、どこかで分かっている。
(愛菜ちゃんと……会ってるんだよね)
胸の奥が、少しだけ痛む。
目を閉じると̶̶
あの日のことが、浮かぶ。
⸻
̶̶数日前。
大学の帰り道。
千尋と並んで歩いていた。
「え!?花火大会!?蒼くんと!?」
千尋が大きな声を出す。
凛は少しだけ照れながら頷く。
「うん……約束したの」
千尋はニヤニヤしながら言う。
「え、なにそれ」
「もうそれ付き合うやつじゃん」
「ついにきたねー!」
凛は慌てて首を振る。
「ち、違うよ!」
「まだそういうのじゃ……」
千尋は笑う。
「はいはい」
「でもさ、これもうかなりいい感じじゃん」
その言葉に、凛の表情が少しだけ曇る。
千尋が気づく。
「……凛?」
凛は少し迷ってから、ゆっくり口を開く。
「……この前、愛菜ちゃんと話したの」
千尋の表情が変わる。
「え?」
凛は視線を落としたまま続ける。
「蒼くんと……付き合ってたって」
その一言で、千尋は小さく息を吐く。
「……あー」
納得したように頷く。
「やっぱりか」
少しだけ笑って。
「なんかさ」
「雰囲気で分かるよね、ああいうの」
凛は、その言葉を静かに受け止める。
千尋は続ける。
「で?」
「愛菜ちゃん、なんて?」
凛は少しだけ視線を落とす。
「……まだ好きだって」
その一言に、千尋は黙る。
「それで」
「花火大会の日に、ちゃんと伝えるって」
少しだけ声が揺れる。
「……フラれるって分かってるのに」
千尋は小さく息を吐く。
「そっか……」
凛は続ける。
「しかもね」
「蒼くんは、きっと私のことが好きだからって」
「だから、終わらせるんだって」
その言葉に̶̶
千尋は苦笑する。
「……うわ、それ重いな」
でも、すぐに少し優しくなる。
「でもさ」
凛を見る。
「それってさ」
少しニヤッと笑って。
「もうほぼ確定じゃん?」
凛が、きょとんとする。
「……え?」
千尋は言う。
「蒼くん、凛のこと好きなんでしょ?」
「で、凛も蒼くんのこと好きなんでしょ?」
ズバッと。
遠慮なく。
凛の顔が一気に赤くなる。
「ち、違……!」
否定しようとして。
でも̶̶
止まる。
言えない。
千尋はその反応を見て笑う。
「はい、図星~」
少しだけ、優しく。
「もうさ」
「答え出てるじゃん」
凛は俯く。
胸が、ドクドクと鳴る。
「……でも」
小さく呟く。
「そんな簡単じゃないよ」
その声は、少しだけ弱かった。
千尋は少しだけ真面目な顔になる。
「簡単じゃないのは分かる」
「でもさ」
一歩、近づく。
「だからって、逃げる理由にはなんないよ」
その言葉に、凛の目が揺れる。
千尋は続ける。
「愛菜ちゃんもさ」
「ちゃんと覚悟決めてるでしょ?」
「だったら凛もさ」
「ちゃんと選びなよ」
真っ直ぐな言葉。
「凛がどうしたいかで」
少しだけ笑って。
「じゃないとさ」
「あとで絶対後悔するよ?」
その言葉が̶̶
深く、刺さる。
⸻
場面が戻る。
⸻
夜。
祭りの灯りが、遠くで揺れている。
凛は、ゆっくり目を開けた。
(……答え、出てる)
さっきの千尋の言葉が、頭の中で響く。
(私……)
胸が、強く鳴る。
(蒼くんのこと̶̶)
一度、目を閉じる。
そして。
(……好き)
はっきりと。
迷いなく。
そう言い切る。
その言葉は、もう揺れていなかった。
少しだけ、自分で笑う。
(今さらだよね)
とっくに気づいていた。
でも̶̶
認めるのが、怖かっただけだ。
それでも。
もう、誤魔化さない。
(私は、蒼くんが好き)
その自覚は、はっきりしていた。
でも。
胸の奥に、引っかかるものが残る。
(……なのに)
消えない違和感。
愛菜の顔。
あの言葉。
あの覚悟。
(……私、本当に)
そのとき。
遠くから、足音が聞こえてきた。
凛は顔を上げる。
見慣れた姿が、こちらに向かってくる。
少しだけ息を切らしながら。
「……蒼くん」
自然に名前を呼ぶ。
胸が、強く鳴る。
嬉しい。
でも̶̶
それだけじゃない。
凛は、ぎゅっと拳を握る。
「……やっぱり私は!」
思わず、言葉が漏れる。
その先は̶̶
口には出さない。
ただ。
まっすぐに




