106 叶わない恋
「……行って」
その一言のあと。
蒼は、少しだけ足を止めた。
振り返る。
愛菜を見る。
何かを言おうとして̶̶
少しだけ迷う。
そして。
「……ありがとう」
静かに。
でも、はっきりと。
その一言を残した。
愛菜の目が、わずかに揺れる。
蒼は、もう一度だけ頷いて。
そのまま̶̶
走り出した。
足音が、少しずつ遠ざかっていく。
やがて̶̶
完全に聞こえなくなる。
静かになった公園。
風の音だけが、残る。
愛菜は、その場に立ったまま̶̶
しばらく動かなかった。
「……」
さっきまでそこにいた温もりが、まだ残っている気がした。
でも。
もういない。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
その瞬間。
力が抜けたように̶̶
その場にしゃがみ込んだ。
「……っ」
喉の奥が、詰まる。
我慢していたものが、一気に溢れる。
「……バカだなぁ、私」
笑おうとして。
でも、全然うまくいかない。
涙が、ぽろぽろと落ちていく。
止める理由も、もうない。
「……ほんとは」
小さく呟く。
誰にも聞こえない声で。
「行かないでほしかった」
震える声。
「……戻ってきてほしかった」
ぎゅっと、服の裾を握る。
「ずっと……」
「そばにいたかった」
言葉にするたびに。
胸が、痛くなる。
それでも̶̶
止めない。
全部、吐き出す。
「……でも」
少しだけ顔を上げる。
涙で滲んだ空。
夕焼けが、もうすぐ終わりかけている。
「これでいいんだよね」
自分に言い聞かせるように。
小さく笑う。
「うん……これでいい」
何度も、何度も。
そう繰り返す。
「……だって」
少しだけ、優しくなる声。
「蒼、あんな顔してたもん」
思い出す。
凛のことを考えているときの顔。
「ああいう顔、ずるいよ」
小さく笑う。
でも、涙は止まらない。
「……叶わないわけだ」
ぽつりと。
本音がこぼれる。
しばらくして̶̶
愛菜はゆっくり立ち上がる。
まだ少しふらつきながら。
空を見上げる。
「……好きだったよ」
静かに。
でも、はっきりと。
「蒼」
風が、優しく吹いた。
まるで、その想いをさらっていくように。
愛菜は、目を閉じる。
そして̶̶
ゆっくりと歩き出した。
一人で。
前を向いて。




