33 見ている
大通りを渡り、人気のない脇道を進んでいく。そこを抜けると、穂を作りはじめた稲が一面に広がっていた。
あぜ道を進み、二〇〇メートルほど進んだところで、突然、倫太郎がスピードを上げた。
しばらくすると大通りに出た。
横断歩道で止まった倫太郎は、赤信号を見てその場で足踏みしている。青になる間際、左右に二度顔を振って、走りだした。
先には大きな公園がある。その中に入っていった。
一瞬、姿が見えなくなり、急いで追いかけると、公園に入ってすぐの脇に、倫太郎が立っていた。
大木に背を預けて、肩を上下に揺らしている。
高志は犬に見つからないように、少し離れた植木の裏に隠れた。
倫太郎が、大木に隠れて向こうを覗いた。
前方、五十メートルほど先に、人の姿が見える。
その人物も、木に隠れてさらに先を見ている。
外灯から離れていてよく見えないが、倫太郎の視線の先に立つ人物は男で、スーツ姿なのはわかる。
背格好に見覚えがあった。
江崎!
植木から身を乗り出し、目を細めた。やはり江崎だ。
どうして奴がここにいるんだ。
そして、なぜ倫太郎が江崎を隠れて見ているのか。
偶然じゃない。目的があるはずだ。
倫太郎が江崎を見ているのはわかる。だが、江崎は何を見ている?
二人の視線の先を見た。
公園の向こう側は道路で、渡った先には人家や店が並んでいる。
そのうちの二階建ての建物の前に、何組かの親子らしき姿が見えた。
子供は、みな頭を団子にして白いタイツを履いている。出入口の上の看板に「バレエスクール」とあった。
三組の親子が道路を渡って来た。
江崎が木の陰から頭を少し出し、様子をうかがっている。
「さようなら」「また来週」
挨拶を交わす声が聞こえ、見ると、乳母車をひいた一組の親子が公園に入ってきた。
タイツの子供は、軽やかに回転しながら母親の前を進み、「転ぶからやめなさい」と、注意されていた。
親子は、公園内の道を進み、遠ざかっていく。
江崎の視線が親子を追う。
やがて、親子の姿は見えなくなった。
突然、江崎が走り出した。
あっ! と思った瞬間、前方から倫太郎の声が耳に飛び込んできた。
「タカシ、ゴー!」
「おうよっ」
高志は声を上げた。猛スピードで草むらを横切り、最短ルートで江崎を追う。
ふいに、テレビで観たCG映像がよぎった。
通り魔だ!
江崎が通り魔だ!
あの野郎!
逃がすものかと走っていると、二秒もしないうちに、犬が横を走り抜けていった。
背後の足音に振り向くと、倫太郎も走っていた。
瞬く間に追い抜かれる。
疲れはしないが、運動不足の二十五歳のフォームでしか走れず、犬と中坊にあっさり抜かれた。
あっという間に江崎に追いついた犬は、目の前の尻めがけて飛びかかり、江崎は派手に前方に倒れ込んだ。
江崎が、手足をばたつかせながら背後を振り返った。犬を見て目を大きく開き、顔をゆがめてヒャアヒャアと掠れ声を上げた。
すぐに倫太郎が到着し、「やめ!」と命令した。
犬は江崎から離れたが、ブルブルと身体を震わせて、噛みつきたいのを必死に我慢している様子だ。
遅れて到着した高志が、走る勢いのまま江崎に飛び乗った。当然、押さえられるはずはなく、地面のあたりで江崎と重なった。
すると、江崎が叫んだ。
「痛いっ、やめろっ!」
見ると、犬が江崎の尻に噛みついていた。
「やめ!」
倫太郎の指示が飛んだが、唸りながら噛み続けている。
タカシ――、それ俺のケツじゃねぇぞ。
「馬鹿っ! あっちだ。あっち行けっ!」
江崎がすごい剣幕で言い、親子が進んでいった方を指さしている。
前を見ると、親子はかなり進んでいたが、乳母車をひく女性の姿は確認できた。
その後ろに、子供の影がある。
いや……待て。
違う。
目を細めて見据えた。
女性の後ろにいるのは、白タイツの子じゃない。
あれは……大人。
灯がほとんど届いていないが、そいつは長いものを握っている。
あぶない!
声を出すより先に、乳母車をひいた女性が、パタリと横に倒れた。
前にいた子供が、母親に駆け寄った。
その直後、子供の金切り声が公園に響き渡った。
女性を襲った人物は、道の脇に生い茂った植木に飛び込み、姿を消した。
高志はその方角を見つめ、唇を震わせた。
女性の腰を打つのが見えた。
あの時の光景が、脳裏をよぎる。
嘘だろ。
唸り声が耳もとで聞こえ、はっとして横を見ると、犬が尻を突き出してこちらを睨んでいた。だが何の感情も湧かなかった。
逃げる気にもなれなかった。
江崎と倫太郎は、倒れた女性に向かって走っている。
高志は、地面に視線を落としてつぶやいた。
「……麗奈」




