7. 夏とプールとキスと
なんとか月3話は達成できました! スローペースではありますがこれからもよろしくお願いします!
「ねえ痩せた?」
「ウエスト細いよね」
「ほんと楽しみ」
小さな部屋に、女子の楽し気な話声が響き渡る。季節は夏に差し掛かろうとしている頃、熱い太陽の日差しが暑さを更に強いものへと変える。
その中で俺は別の意味で体を赤らめていた。主に顔を。
「襟澄って本当にスタイルいいよね」
「利麻こそモテそうじゃないですか」
隣でエリスと利麻が楽しそうに会話をしている。
「ほんと綺麗な体してるよね。羨ましいよ」
「利麻だって細身ですし、背も高くて綺麗ですよ」
やめてくれ、体の話はやめてくれ。
「最近食べ過ぎちゃってさ、お腹とかぷにぷにでー」
「うーん、なんで胸大きいのさ~」
「おしり小さいのって羨ましい......」
もう、本当に勘弁してください。
「なた......かなた!」
「はっ!」
エリスに声をかけられ現実へと引き戻される。休み時間はそんなに長くない、早めに着替えないと時間がなくなってしまう。
俺は無心になって自分の服を脱ぐと、急いで着替え始める。初めて着る、女子用のスクール水着に!
「奏向ちゃんも結構胸あるよね」
刹那、俺の動きは停止した。
「り、利麻!」
「えっ、私なんかまずいこと言っちゃった?」
利麻は特に悪くはないのだが、それでも俺の心理状況は今いっぱいいっぱいで、ちょっとの刺激でも動きが止まってしまう。
「奏向は、その、女性の裸とかそういう話に耐性がないんですよ」
「えーっと?」
俺は元男、たとえ今が女であったとしても女子の裸を見るのにはかなりの精神がいる。それに、俺自身についても......む、胸とかスタイルとか、そんなこと言われても......。
いろんなことに思考が動かされて、頭がパンクしていた。そうこうしているうちに予鈴のチャイムが鳴り響く。
俺はハッとすると急いで水着へと着替える。気恥ずかしさを一旦頭から消すと、そそくさと着替えを済ませた。
慌てて俺たちはプールへと向かう。うちの学校は特別温水とかではなく、普通に外にあるプールだった。そのせいか雨が降ったりした日にはかなりの寒さの中で水泳をしなくてはならない。
プールサイドへ着くと、既にクラスメイトのほとんどが集合していた。急いで女子の集団へと向かう。まだ授業開始には時間があったみたいだ、ほっとしたところで男子の方から声が聞こえてきた。
「おお、うちの女子たちもなかなかじゃね?」
「あいつあんなにスタイル良かったっけ?」
「中でも特に柏木姉なんかは特段にスタイルいいからな」
「でも妹の方もあれでいいよな?」
俺は再びオーバーヒートした。当たり前のことながらみんな俺のことを女子として見てくる。年頃の男子ならば水着姿の女子に興味を惹かれるのもわからなくはない。
でも、裏を返せば女子は男子から妙な視線に晒されると言うことだ。そして、今の俺もその一人だと。
そうなれば話は変わってくる。こちらに向かれた視線に嫌悪感を抱いてしまう。この水着を着るだけでも恥ずかしいのに、それをじっくり見られるのは地獄そのものだ。
そして、向こうでは勝手に品評会の如し話で盛り上がられてしまう。向こう側からこっちの立場になってみると、なかなかに応えるものがあった。
俺はできるだけ体を縮こませて女子の中に紛れようとする。だが、今度は女子の水着姿が目の前にあることに気がついた。
俺は生まれてこの方女子と付き合ったことはないし、女子の水着姿などじっくり見たのは小学校で幼なじみと家族ぐるみで海に行った時くらいだ。
そんな俺が女子の水着姿を間近で大量に見ているこの状況は、男としての紳士的なプライドをボロボロに引き裂くような罪悪感があり。
女子としての恥ずかしさと男子としてのプライドの板挟みにあった結果、俺は授業が始まる前に燃え尽きてしまった。
「奏向、プール楽しみですね! あれ? 奏向、奏向!」
「先生! 奏向さんが鼻血出してます!」
「柏木さん大丈夫!?」
そうして俺は、授業開始前から戦線を離脱することになった。
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気がつけば授業も後半になっていた。俺は鼻血が治るまで日陰で休んでいたがひとまず様子見ということで前半は参加しなかった。
前の部活体験の時、陸上部の練習に参加したらかなり体力が落ちていたことを考えると水泳も不安ではあったから良かったと言えばよかったのだが。
今日は快晴であり、暑い中で冷たいプールに入ってるのを見ると羨ましく思ってしまう。それと、たまに気づく男子の視線がたとえタオルを被っていても恥ずかしく思ってしまうのも辛かった。
「よーし、今日はこのあとは自由に泳いでよし。けどハメは外さないように、特に男子!どさくさに紛れてセクハラ紛いなことはするなよ」
「しないですよそんなの」
「見るだけで十分ですから」
後半は自由行動になったらしい。男子と女子はプールの真ん中に浮いてるロープで分断されていた。しかし、あいつら結構こっちよりに来ているように見えるんだが。
すると、プールからエリスが声をかけてきた。
「奏向、もう大丈夫ですか?」
「うん、なんとか」
鼻血はとっくに止まってるし、これなら授業に参加しても問題ないだろう。
「じゃあ一緒に泳ぎましょう!」
俺は先生に許可をもらうと、準備体操を済ませてゆっくりとプールサイドからプールの中へ入っていった。
思った以上にプールの水が冷たかったが、この暑さの中だととても気持ちよかった。
「あ、奏向ちゃんも来たんだ!」
「うん、遅くなっちゃったけどね」
利麻とも合流すると、俺たちはプールを楽しんだ。やっぱり運動能力が落ちているのか泳ぎもぎこちなく、男の時のように泳ぐことができなかった。イメージ通りに体がついていかず、すぐにバテてしまう。
体の変化のせいか体力が衰えたというのはわかるのだが、動きがぎこちないというのはやっぱり体が違うから同じ動かし方ではうまくいかないということなのだろうか。
そんな感じだったために軽く泳いだり、水かけあったり鬼ごっこをするくらいだったのだが、一人だけうずうずしているヤツがいた。
「利麻も、奏向も競争しましょうよ!」
エリスは何故か闘争心を燃やし、誰かと競いたくてもどかしそうにしていた。
「私そんなに早く泳げないし」
「私も、そこまで泳ぎは得意じゃないからなー」
しかし、エリスはもう我慢できないといった感じで駄々を捏ね始めた。
「嫌です! 勝負やりたい、やりたいです!」
こうなるとエリスはめんどくさい。仕方なく、俺とエリスで一回だけ勝負をすることになったのだが。
「本当に俺は早くないからな」
「わかりました、ちゃんとハンデ付けますから」
そう言ってエリスは俺がスタートしてから十秒後にスタートすることになった。この手加減に、俺の男としてのプライドが反応してしまった。
この勝負、意地でも勝ってやる。ついつい勝負に熱くなってしまった。更に、他の生徒も興味を持ったのかギャラリーがかなり集まって勝負を盛り上げ始めた。
「それじゃあ私が合図出すよ、よーい、ドン!」
利麻の掛け声で俺は勢いよくスタートした。といってもスピードは大して早くはない。一番早く泳げるようにクロールで泳いでるが、底に見える距離のラインを見ると全然進んでいなかった。
水中でよく聞こえないが、声が一瞬大きく聞こえた気がする。多分エリスがスタートしたのだろう。差があったとしてもエリスの運動能力なら余裕で追いついてくるだろう。
そう思った矢先、視界に人影が映った。横からすごい速さで通り過ぎていく。エリスは俺の想像以上に早かった。
慌てて俺も速度を上げようと動いたその時だった。
「(ん! いっ、痛った!)」
無理に体を動かしたせいか、足をつってしまった。足が痛くて身動きが取れない。片足しかつってはいなかったが焦ったせいか足を着くことを忘れていた。実際のところ身長が低いため足を着かせて顔を上げられたのかは分からないが。
俺は徐々に呼吸が苦しくなって、視界も薄暗くなっていって、俺......溺れてるのか?
そのまま意識が消えていった。
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何かが聞こえる。いっぱい何か騒いでるような声が。俺、何してたんだっけ? たしか今日は学校に行って、それでえーっと。そういえば水泳の授業をしてたんじゃ。ならなんで寝てるんだ?
それにさっきから口のところに変な感触があるような。なんか柔らかいものが当たってる感触、これって?
一気に意識が戻された。目には光が入り眩しさを感じる。そして、その瞬間に俺は勢いよく何かを吐き出した。
「ゔぇっ、ゔぇほ、げっほ、えっほ!」
すごく苦しい。息がしづらい。よく見ると、視界には空と女子生徒と、そしてエリスの顔があった。
「よかった、よがった......!」
エリスは泣きじゃくりながら俺にしがみついてくる。状況が飲み込めない。たしか俺はエリスと勝負しててそれで。
「ごめんなさい! 私のわがままで奏向をこんな目に合わせてしまって」
そうか、俺溺れてたんだ。よく周りを見渡すと他の女子たちが不安そうに俺を見ていた。
俺はそのあと保健室で休むことになって、結局今日の授業の半分くらいは休んでしまった。
放課後になって利麻とエリスが迎えにくると、そのまま下校することになった。
「でも本当に心配したよ」
「ご迷惑おかけしました」
「私もすいません」
歩きながら、俺が溺れたあとどうなったのかを詳しく聞いて見た。どうやらエリスが俺の異変に気づき、プールから引き上げてくれたみたいだ。
「ほんとあの時はビックリしたよ。奏向ちゃん息してないって言うんだもん」
「へ? 私息してなかったの?」
息してなかったって、結構やばかったのか? 利麻は話を続ける。
「でもそのあとも驚いたよ」
「そのあと?」
そのあとってなんだろ? 若干エリスが顔を背けたように見えた。
「うん。襟澄が奏向ちゃんに人工呼吸をし始めるんだもん」
「あー、人工呼吸。人工呼吸!?」
人工呼吸って、それってつまり!
「いきなり襟澄がキスし出すから周りのみんな驚いちゃって」
「き、ききき、キス!?」
エリスが、俺に、キスをした? そういえば、目覚める前に口に柔らかい感触がしたような。それってエリスの唇だったの!?
「だって奏向の命がかかってしたし。私も必死だったんですよ」
少し顔を赤く染めながら反応するエリス。エリスが、キス、俺とエリスが、みんなの前で......。その時、俺の思考回路は盛大にショートした。
その後、しばらくの間学校中に白雪姫姉妹という異名が噂されることになって。俺たちはしばらく大人しく過ごそうと決意した。




