四 書いては消す夜
下書き通信は、奇妙な会話だった。
返事が来るまで、数時間かかる。その間、画面には「編集中」の表示もない。ただ、こちらが書き込んだ文章が、いつの間にか書き換わっている。彼女も何度も書き直しているのだとわかる。消して、書いて、消して。その迷いの跡が、むしろ誠実に思えた。
霧子――神崎霧子は二十四歳だった。
〈ある人に、弱みを握られています。逃げて、この街に来ました。でも、見つかるのは時間の問題だと思います〉
〈その人は、津田という男ですか〉
〈どうして、名前を〉
〈すみません。あなたの部屋の前で、男が電話をしているのを聞きました。「津田だ」と名乗っていました。何度か来ていました〉
慎平は、頼れる大人を演じた。落ち着いた文章を書いた。そのあと、一人きりの部屋で枕に顔を埋めて悶絶した。(何を偉そうに。お前はただの底辺の中年だろう)
それでも、彼女の言葉は不思議と彼を軽くした。
〈九条さんの文章は、あたたかいです〉
〈地下で、紙を直す仕事をしています。誰にも褒められない仕事ですが、少し好きです〉
〈素敵なお仕事です。壊れたものを、元に戻すんですね〉
慎平は、その一文を何度も読み返した。四十五年生きて、自分の仕事をそんなふうに言われたのは、初めてだった。
窓の青い光は、下書きが更新された夜に二回、危険を知らせる夜は早い点滅に決めた。合図を送り合うたびに、路地を挟んだ二つの部屋の間に、見えない糸が一本ずつ増えていった。




