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二 向かいの窓
三月の終わり、アパートの向かいの部屋に明かりがついた。
十年以上空き家だった、築五十年の木造だ。路地を挟んで、慎平の部屋の窓と真正面に向き合っている。引っ越してきたのは若い女で、日中でもカーテンを閉め切り、玄関の出入りは深夜だけだった。
一度だけ、階段ですれ違った。二十代前半。フードを深くかぶり、肩を縮めて、壁に張りつくように歩いていた。目が合った瞬間、彼女は怯えた動物のように顔を伏せた。
(何を見てるんだ、気持ち悪い)
慎平は自分を殴りたくなった。四十五のおっさんが、若い女に目を奪われている。それだけで罪だと思った。以来、彼は向かいの窓を見ないように暮らした。
見ないようにしていた、はずだった。
四月の半ば、夜中に目が覚めて、水を飲もうと台所に立った。何気なく向かいの窓に目をやると、カーテンの隙間に、ちいさな青い光があった。
スマートライトだ。ビー玉ほどの丸いランプが、窓辺で、規則的に点滅している。
長く、短く、短く。長く、短く、短く。
偶然じゃない。誰かに向けた合図だ。そして今、この路地で窓を向き合わせているのは、自分しかいない。
慎平は電気を消し、暗闇の中でじっと光を見つめた。それは助けを呼ぶには小さすぎて、けれど、無視するには切実すぎる光だった。




