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一 地下二階の男
九条慎平の職場は、雑居ビルの地下二階にある。
窓はない。あるのは蛍光灯の唸りと、湿気を吸った紙の匂い。役所から回ってくる水濡れの書類、読み込めなくなった古いハードディスク。それを一枚ずつ乾かし、継ぎ、打ち込む。時給は千百円。契約は三か月更新。四十五歳、非正規。
(俺みたいなのは、社会の底で静かに終わっていくのが一番迷惑がかからない)
本気でそう思っていた。自分を卑下するのは、もう癖というより呼吸に近かった。
ただ、ひとつだけ、他人に誇れないまま身についた技術があった。データの「嘘」が見えるのだ。タイムスタンプの一秒のずれ。貼り合わせた画像の、ほんのわずかな粒子の違い。十年以上泥をかぶるように書類と向き合ううちに、改竄の跡が、傷のように浮いて見えるようになった。
誰にも必要とされない特技だった。少なくとも、その夜までは。




