第2章 第62話「父が認めたこと」
DAY62 午後0時05分
閲覧端末に表示された文字を、俺は何度も読み返した。
『照合結果の通知を準備しています』
父さんの証言が、ようやく読めるかもしれない。
隣ではミオが黙って画面を見つめていた。向かい側にはシオン、リナ、ソウタ。
誰も急かさなかった。
数分後、通知が届く。
『申請者と証言者の親族関係を確認しました』
『証言記録の一部を開示します』
俺は息をのんだ。
開示されたのは、証言の全文ではなかった。個人情報と送金先に関する部分は伏せられている。
それでも、最初の1行には、はっきりと父さんの名前があった。
『証言者:神崎直人』
『当時の役職:青風未来基金・会計担当』
俺は画面を下へ送った。
『質問:問題となった資金移動について、あなたは関与を認めますか』
『回答:認めます。私が処理しました』
胸が、どくんと鳴った。
ユウキ:「……父さんが、処理した」
自分の声が、ひどく遠く聞こえた。
シオンが身を乗り出す。
シオン:「続きがある」
俺は画面を下へ送った。
『質問:当該取引について、事前に理事会の承認を得ていましたか』
『回答:得ていません』
そこで、俺の指が止まった。
父さんは、承認を得ずに資金を動かした。
その事実を、自分の言葉で認めていた。
◇
午後0時30分
しばらく、誰も話さなかった。
最初に口を開いたのはソウタだった。
ソウタ:「ここで確認できたのは、神崎直人が資金移動を処理し、事前承認を得ていなかったという2点だ」
リナ:「資金を自分のものにしたかどうかは、まだ別の話ね」
俺は頷こうとした。
けれど、うまく首が動かなかった。
ユウキ:「……分かってる」
分かっているつもりだった。
それでも、父さんが認めた言葉を目にすると、胸の奥が冷たくなる。
俺は次の質問を開いた。
『質問:資金を個人的な目的で使用しましたか』
『回答:していません』
短い答えだった。
その下には、さらに質問が続いていた。
『質問:では、資金の移動先と目的を説明してください』
『回答:――――』
回答部分は伏せられている。
ユウキ:「ここだけ……」
思わず画面に顔を近づけた。
伏せ字の下に、注記がある。
『保護対象者の個人情報に関わるため、当該部分は非開示』
ミオが小さく息を吸った。
ミオ:「保護対象者……」
俺は彼女を見た。
ユウキ:「どういうことだろう」
ミオ:「この文章だけじゃ、誰のことかは分からないね」
そうだ。
青風は、子どもたちの生活を支える施設だった。
保護対象者という言葉が出てきても、不自然ではない。
だが、なぜ資金の移動先を説明する部分が、その情報に関わるのか。
父さんは何を話したんだ。
◇
午後1時15分
俺たちは食堂に戻った。
昼食を食べながら、閲覧できた内容を整理することにした。
テーブルにノートを広げると、レンが隣へやってきた。
レン:「どうだった?」
ユウキ:「父さんの証言が一部読めた」
レン:「……そっか」
いつもの軽口は出てこなかった。
俺は、父さんが資金移動と事前承認の欠如を認めていたことを話した。
レンは黙って聞いていた。
レン:「でも、個人的には使ってないって言ってるんだろ?」
ユウキ:「うん。ただ、それを裏づける資料はまだない」
レン:「だったら、調べるしかないな」
簡単な言葉だった。
けれど、今の俺にはありがたかった。
そこへレイが来た。
レイ:「調べるのはいいけど、昼飯は食べなよ」
ユウキ:「ああ」
レイ:「レンみたいに、食べ物の恨みで捜査が始まっても困るし」
レン:「俺の事件を軽く扱うな!」
レンは箸を置いて抗議した。
レン:「プリン1個200円だぞ! 生活費が50,000円の月に、200円は大金だ!」
ソウタ:「それは否定しない」
レン:「だろ!?」
ソウタ:「ただ、昨日はその200円の事件に全員の1日を使った」
レンが固まった。
レイ:「捜査費用の方が高そうだね」
レン:「……もうプリンの話はやめよう」
自分から始めたくせに。
俺は久しぶりに、声を出して笑った。
◇
午後2時20分
午後の調査は、証言の内容を13人全員に共有するところから始まった。
食堂のホワイトボードに、俺は確認できた事実を書いた。
『神崎直人は資金移動の処理を認めた』
『理事会の事前承認は得ていなかった』
『個人的な使用は否定した』
『移動先と目的に関する回答は非開示』
ナナが、最後の行を見つめていた。
ナナ:「……保護対象者の情報だから、見られないんだよね?」
ユウキ:「そう書いてあった」
ナナ:「お母さんの記録にも、似た言葉があった」
04班の未交付品。
児童本人への直接交付を避け、指定窓口を通じて返却可否を確認するという追記だ。
俺は頷いた。
ユウキ:「ただ、同じ件かどうかは分からない」
ナナ:「うん。分かってる」
ナナは少し考えてから続けた。
ナナ:「でも、お母さんがどうして写真を渡さなかったのか、私も知りたい」
その言葉に、俺は顔を上げた。
父さんの証言と、ナナの母親が残した記録。
どちらにも、誰かの情報を守るために伏せられた部分がある。
それが同じ事情によるものかは、まだ確認できない。
だが、調べるべき記録が2つになった。
◇
午後3時40分
再び記録保管室。
今度は、俺とミオの2人だった。
父さんの証言の続きを調べるため、関連資料を確認する。
画面には、次の項目が表示されていた。
『資金移動記録・取引別一覧』
俺は開こうとした。
だが、閲覧制限がかかっている。
『現在の閲覧権限では、取引先情報を表示できません』
その下に、公開可能な概要があった。
『確認対象となった取引は複数存在します』
俺は目を見開いた。
ユウキ:「……複数?」
これまで、俺は1億円がまとめて消えたように考えていた。
だが、記録上は複数の取引が確認対象になっている。
もちろん、それだけで金額の内訳や取引の目的が分かるわけではない。
ミオが隣から画面を覗いた。
ミオ:「取引ごとに、記録が残ってるかもしれないね」
ユウキ:「うん。全部同じ理由で動かされたとも限らない」
俺はノートに書き込んだ。
『1億円消失事件――確認対象の取引は複数』
『各取引の金額・相手先・目的は未確認』
父さんが処理した取引は、どれなのか。
そのほかの取引には、誰が関わっていたのか。
初めて、調査の方向が具体的になった気がした。
◇
午後5時10分
管理棟を出ると、空は夕焼けに染まっていた。
俺とミオは、寮へ戻る道をゆっくり歩いた。
ミオ:「今日は、疲れた?」
ユウキ:「……かなり」
俺は苦笑した。
ユウキ:「父さんが資金を動かしたって、本人の言葉で確認できた。覚悟してたつもりだったけど、やっぱりきついな」
ミオ:「うん」
ユウキ:「でも、個人的には使ってないって言ってた」
俺は足を止めた。
ユウキ:「信じたいんだ。父さんのこと」
ミオは、すぐには答えなかった。
少しして、俺の隣に立つ。
ミオ:「信じたい気持ちと、調べることは、両立すると思うよ」
俺は彼女を見た。
ミオ:「今日、分かったことは分かったこととして受け止めて。まだ分からないことは、これから確かめればいい」
その言葉が、胸に落ちた。
ユウキ:「……そうだな」
ミオが、そっと俺の手を握った。
俺も握り返す。
ユウキ:「ありがとう。今日、一緒に来てくれて」
ミオ:「うん」
彼女は少しだけ笑った。
ミオ:「明日も、必要なら一緒に行くよ」
ユウキ:「……じゃあ、お願いしようかな」
ミオ:「もちろん」
夕陽が、2人の影を長く伸ばしていた。
◇
午後8時30分
自室に戻った俺は、今日の記録を整理した。
『DAY62』
『神崎直人の証言記録を一部閲覧』
『資金移動の処理を認めた』
『事前の理事会承認は得ていない』
『個人的な使用は否定』
『移動先・目的の回答は保護対象者の個人情報に関わるため非開示』
『確認対象となった取引は複数』
俺はペンを止めた。
机の引き出しには、以前受け取った匿名の文書がある。
『あなたの父親は、1億円を盗んでいない。』
その裏には、こう書かれていた。
『真相を知りたければ、誰も信じるな。』
俺は文書を取り出し、今日のノートの横に置いた。
父さんは、資金を動かした。
承認も得ていなかった。
けれど、個人的に使ったことは否定している。
この匿名文書を書いた人物は、何を知っていたのだろう。
俺は裏面の言葉を見つめた。
誰も信じるな。
……それでも、俺は今日、ミオに支えられた。
仲間たちにも助けられた。
全部を疑っていたら、きっと父さんの資料を最後まで読めなかった。
俺は文書を引き出しに戻した。
明日は、複数ある取引の記録を調べよう。
父さんの証言だけでは、まだ1億円の全体像は見えない。
だが、今日分かったことから目を逸らさずに進みたい。
俺はノートを閉じた。
父さんが何をしたのか。
そして、なぜ、その理由を明かせなかったのか。
答えはまだ、記録の向こう側にある。
第2章 第62話 完
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
この作品では、物語の中に少しずつ「主催者X」につながるヒントを散りばめています。
ぜひ皆さんの推理を聞かせてください!
**「Xはこの人だと思う!」**
**「このセリフが怪しい!」**
**「この行動、もしかして伏線?」**
**「この人物は逆にXではなさそう」**
など、どんな予想・考察でも大歓迎です。
もちろん、物語そのものについての感想や「このキャラが好き!」といったコメントも、とても嬉しいです。
皆さんが現時点で**誰をXだと予想しているのか**、ぜひ感想欄で教えてください。
そして「続きが気になる」「面白かった」と感じていただけましたら、評価やレビューで応援していただけると、今後の執筆の大きな励みになります!
果たして――
**13人の中に潜む主催者Xは誰なのか?**
あなたの推理、お待ちしています!
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