第9話 剣闘士クラウディア②
あれからひたすら森を歩き続けた。
「ここまでくれば……追手は来ないだろう」
後ろを歩くラウアを見やると、顔を背けられた。
「レイブン、さすがに謝ったほうがよいぞ」
クラウディアが耳打ちする。
「そうだな……」
日暮れ前――湖のほとりで野営の準備を始める。
「ウチ……水浴びしてくる……」
「おい、ラウア、一人じゃ危ないぞ!」
私の声を振りほどくように、湖の奥へ歩き出した。
「獣臭いって言われた……」
うっ……これは、相当根に持っているな。
「私がついていくよ」
クラウディアが私に目配せをして、ラウアの後を追う。
すっかり馴染んでいるな……
ラウアにはそのうち埋め合わせをしないとな。
――さて、これからどうする?
脱獄に殺人――もう、この国では暮らせないだろう。私の名も知れ渡っているから、父には迷惑をかけるな。
ここからだと西に点在する――群島国ラディニスに逃げるしかないか。
ラウアの呪いを解くのはかなり先になりそうだ。
そもそも、彼女を呪縛から救うことはできるのだろうか。
狐女房が凶暴化するなんて聞いたこともない。
鍵があるとすれば、どこかに存在すると言われている狐女房の里。
なんにせよ、まずは身の安全の確保が優先だ。
私のこの巻き戻りの能力にしても謎が多すぎる。
……まだまだ問題は山積みだな。
湖で釣った魚を焚き火で炙る。
そうこうしていると二人の足音が声とともに近づいてきた。
「クラウディア……ウチ、臭くないか?」
「ああ、臭くないぞ。気になるなら、私の香水も使うといい。これで、あの男も満足だろう」
ラウアがちょこんと私の横に座る。
匂いを嗅がせたいのか、体を擦り寄せてくる。
「ほら、さっき釣れたやつだ」
私は串で刺した焼き魚を二人に手渡す。
「ほう、ただのボンボンではないとは思っていたが、案外器用なのだな」
「はむっ! うまっ!」
ラウアはホクホクの焼き魚を冷ましながら、無邪気にかぶりつく。
「ほら、ゆっくり食べなさい」
私はラウアの汚れた口元を拭いてやる。
「ふん!」
ラウアはまだ怒っているのか?
その癖、隣に座るのだからよくわからない。
時間とともに星が流れゆく。
夜が更け、ラウアは私の膝を枕に寝息を立てていた。
暗い湖に焚き火の爆ぜる音だけが響く。
「クラウディアはどうして剣闘士に?」
「それは、話さないとだめか?」
赤い炎を見つめる彼女は、遠い目をしていた。
「いいや、そんなことないさ。
私だって話したくないことはある」
「そうか、なら私もレイブンの詮索は止めよう」
「クラウディアはこれからどうする?」
彼女の事情は何も知らない。
本当は一緒に来てくれたら心強いが、
さすがに無理強いはできない。
「……そうだな」
「私たちは西のラディニスに逃げる。
君は好きにするといい」
「ついてこい……とは言わないのだな。
私を連れ出しておいて、少し無責任ではないのか」
「そうか……なら、一緒に来るか?」
「本当は第一声でそう言ってほしかったが、
それに、来てほしいなら正式にお願いしてほしい」
正式にお願いってなんなんだ?
なかなか面倒くさい女性だ。
私は、膝の上に頭を乗せているラウアを、
起こさないようにそっと丸太の上に寝かせる。
立ち上がり、クラウディアに向き直る。
「クラウディア……
貴殿の剣さばき、騎士道精神、透き通るような銀髪――そのすべてに私の心は囚われてしまった。
旅の伴侶として共に来ていただきたい!」
私はクラウディアに手を差し伸べた。
「な、誰がそこまで、言えと言った……」
焚き火に照らされ、クラウディアの頬が赤く見えた。
彼女は視線をそらしつつも、私の手を取った。
「レイブン!」
突然、ラウアが起き上がり、体を震わせている。
「……ど、どうしたんだ?」
次第に彼女の瞳に涙が溜まっていく。
「……ウチ以外の女を選ぶなんて!」
ラウアがまた、泣き出した。
ラウアの頭を撫でようとしたが、手を払いのけられる。
まあ、ラウアには多少距離を取るくらいが丁度いいのかもしれない。あんまりほいほい妖狐化されても困るからな。
✦
翌日、夜明けとともに湖を経つ。
あまりだらだらしていても、追っ手に追いつかれる。
森を抜ける頃にはすっかり日が高く昇っていた。
「おさかなーへいへい♪ おさかなーほいほい♪」
「ラウア……なんだその歌は?
呪詛か何かか?」
「んなっ!?
レイブンはおさかなへいへいを知らないの?」
「……知らん。クラウディアは知っているか?」
「ああ、当然だ。
ラウア、レイブンは教養はあっても常識はないのだ。あまり言うと可哀想だ」
「おい……」
クラウディアは無意識に人を煽る癖がある。
今後、無用なトラブルにならないよう見張っておく必要があるな。
――港町クーリア。
ここには、世界各国からの流通が集中している。
多様な種族が住まう大きな港だが、
逃亡を図るなら、早いほうがいい。
私たちは、警戒しつつもすぐに船に乗り込んだ。




