10話 歌姫アリーヴェル
コグ船に揺られ、群島国ラディニスを目指す。
クラウディアの銀髪が風になびく。
「すげー! ウチ、船乗るの始めて!
食堂に行ってくる!」
ラウアは子どものように甲板の上を走り回っている。
「あんまりはしゃぐと酔うぞ?」
「大丈夫だもん!」
そう言ってラウアは食堂に走って行った。
「……なあ、レイブン……」
クラウディアが改まってこちらを向き直る。
彼女の切れ目が鋭くなる。
「ラウアのことだろ?」
「ああ……あの子は何者だ?」
今後、旅路を共にするなら、
クラウディアにも話していた方がいいだろう。
私は事情を掻い摘んで説明した。
「なるほど……狐女房か……初めて聞いたが、あの妖狐を目の当たりにしたら信じざるを得ないな」
「そうだな――古い伝承さ。
さて、ラウアを探そう。暴走されちゃ敵わんからな」
食堂に行くと何やら賑わっていた。
「なんだ、やけに騒がしいな」
クラウディアが小走りになり、人混みをかき分け、ラウアの姿を探す。
皆の視線の先に――薄桃色の髪が光を受けて輝いていた。
歓声の中心に一人の女性が両手を広げている。
周囲には楽団が取り巻いている。
……歌手か?
白と桃色のヴェルーが揺れ、青紫の瞳と視線が重なる。
――なんと、美しい女性なんだ。
気付けば私も周囲の観客と同じように見入っていた。
✦
夕食を終え、私は一人で甲板で星空を眺めていた。
そろそろ金の工面をせねば。
――と無粋なことを考えてしまった。
せっかくの夜の海が台無しだ。
「綺麗ですよね……」
甘い花の香りとともに彼女が隣に立った。
「君は?」
昼間の歌姫か……彼女の歌声を聞き逃したのは残念だ。
「私はアリーヴェル、旅路とともに皆さんに歌声を届けています」
「実は昼間、聞き逃してね」
「ふふ、後から入ってきた時、目が合いましたよね?」
「ああ、私も思わず君の輝きに見惚れてしまいましたよ」
「あら、口が上手いのですね。
お名前をお伺いしても?」
逃亡中の身――本名は避けたほうがいいな。
「とりあえず、ワタリガラスと呼んでください」
「ふふ、面白い方ですね。
貴方の本名を聞ける日が楽しみですわ」
「あっ、レイブン!」
ラウアとクラウディアが甲板へ出てきた。
「せっかくの偽名が台無しだよ」
「ミステリアスな雰囲気が台無しですね。
でも、レイブンさん。さっそく覚えましたよ」
彼女はそう言って、暗がりに歩いて行った。
「レイブン、誰と話していた?」
クラウディアが怪訝そうに私を見る。
「ああ、先ほどの歌姫だ」
「歌姫?」
クラウディアの表情が一層険しくなる。
この時の俺は、彼女に違和感すら感じていなかった。
✦
ラディニスまで一週間――長い船旅になりそうだ。
ラウアは船酔いして、船室で休んでいる。
クラウディアが介抱しているから、さほど心配は要らないだろう。
私は気づけば彼女を探していた。
「私は何をやっているんだ……浮ついてどうする」
「浮ついているのですか?」
「うぉっ! あ、アリーヴェル殿!?」
「ふふ、レイブン様もそのような可愛らしいお声を出すのですね」
「可愛らしいとは、失敬な」
「照れている姿も素敵ですよ」
彼女の笑顔はどこか儚げだった。
「レイブン様、少しご相談が……」
「なんでしょう?」
「昨晩、乗客が一人消えました――」
「えっ、消えたとは?」
「文字通りの意味です」
「誰かが攫ったのか?」
「そこまではわかりません。
ただ……この船は人を喰らうのです」
「人を喰らう?」
アリーヴェル殿が何を言っているのか分からなかった。
ただ、彼女の瞳が嘘をついているようにも見えない。
「曖昧な表現は好まないのでね。
具体的に君は何を見て、どのような情報、状況からそのように判断したのかな?」
「はい、私が船内を散歩している時、一人の女性が娘が消えたと騒いでいました。
船長さんは乗客の身の安全の管理までしていないし、自分で対応はできないと……」
「それだけか?」
「他にも度々このようなことがありまして……先月には私の知り合いも行方不明になりました」
「それでも、君がこの船に乗り続けているということは、その知り合いを探しているんだね」
アリーヴェル殿は静かに頷いた。
「しかし、どうしてその話を私に?」
「レイブン殿と目が合った瞬間、びびっと来まして。これは運命ですわ!」
真面目な話をしていたかと思うと、彼女は突然おどけてみせた。
「はぁ…わかりました。ご協力致しましょう。
ただ、仲間に事情を説明しても?」
「ええ、私はここでお待ちしています」
アリーヴェル殿は笑みを称えたまま私を見送った。
客室に戻るとラウアが二段ベッドの下段でえづいていた。
「ラウア、大丈夫か?」
「レイブン……ウチがこんなに苦しんでいるのに……ほったらかしにして……」
「たかが船酔いだろ。
それよりクラウディアは?」
「たかがとはなんだ! もう少しウチを労ってくれ!」
「いいから、クラウディアは?」
「うっ……クラウディアは、朝ごはんを取りに行ったきり見てないよ」
「わかった……」
「あ、レイブン!」
「ラウア、扉に鍵をかけとけ、私かクラウディアが来るまでは絶対に開けるな!」
「レイブン、待ってよ!」
なんだか、胸騒ぎがする。
私はラウアの声を振りほどき、船内の捜索を始めた。




