第8話 剣闘士クラウディア
「……始め!」
闘技場の中心で――闘いの火蓋が切って落とされる。
……まさか、ここが分岐点なのか!
こんなの、どうしろっていうんだ。
彼女の初手は変わらない、
私は首元に剣を構え、刀身の腹で刺突を受け止める。
彼女の目が見開く――次手がすぐさま胸に伸びる。
「……くっ!」
私はなんとか、彼女のレイピアを弾き上げた。
「ま、まずい……」
クラウディアが声を漏らす。
私は追撃せずに一歩退いた。
白銀の瞳が私を不審そうに見つめている。
「おい……なぜ、攻撃しなかった?」
「君にも事情があるのだろ?」
「だからといって……どちらか死ぬまで終わらないぞ!」
彼女の言うことはごもっともだ。
「いや……一つ語弊があるな。
私が死んでもこの闘いは終わらない……」
「何をわけの分からぬことを!」
クラウディアが再び突っ込んできた。
凄まじい剣速だ――初見なら、まずかわすことはできないだろう。
腕、足――と
彼女の剣閃が徐々に私の体に刺さっていく。
「もう少し、話せないか?」
「貴様、何がしたい!」
クラウディアは息を漏らし、こちらにレイピアを向ける。
――切っ先は、かすかに震えていた。
「人を殺すのは、きついよな?」
「くっ、貴様に何がわかる!」
「分からない……だから、クラウディアのことを教えてくれ?」
「ふざけるな!」
彼女の無数の刺突を浴び、私はついに膝をついた。
「なるほど、思った以上に人間は丈夫なのだな。これでも死ねぬとは……」
私の体から、おびただしい量の血が流れ出ていた。
「気色の悪い――お前はいったいなんなんだ?」
「私は……誰も救えなかった哀れな男さ……」
会場の歓声が遠のいた気がした。
「救えなかった……私もだ」
クラウディアがレイピアを落とす。
――彼女は立ち尽くしたまま泣いていた。
そうか、彼女も同じ傷を抱えているのだな。
「おい! 何をやっておる!」
王の怒号が飛ぶ――。
「弓兵構え!」
衛兵たちが観客席の上から配置につく。
「おい、クラウディア――騎士としての誇りまで失ったか?」
王がクラウディアに尋ねる。
「私が騎士道に反したことはただの一度もない!」
「そうか……ならば、死ねっ!」
王が手を振ると周囲から弓矢が一斉に飛んでくる。
空を覆い尽くし、まるで雨のようだ。
私はとっさにクラウディアを庇った。
「ぐっ……」
彼女を押し倒し、無数の矢が私の背中に突き刺さる。
「お、おい……貴様……どうして……」
「君の仲良くなれそうで……よかったよ……」
私はクラウディアに微笑みかけたが、
次第に彼女の百合の香りが薄れてゆく。
✦
「……始め!」
三度目の決闘。
勝負は一瞬だった。
私は、彼女の突進に合わせて首元に剣を突きつける。
「……強いな……私の負けだ……」
クラウディアはレイピアを降ろした。
「よしっ! 逃げるぞ!」
私はクラウディアの手を引き走り出した。
「お、おい! 貴様っ、どういうつもりだ」
「正面の鉄格子……さすがに破るのは無理か?」
「そうだな……私でも……って、どうして逃げる算段を一緒に考えている」
「何をしている! 衛兵――殺せ!」
王の怒号が再び飛ぶ。
「どうせ、殺されるんだ。一緒に足掻かないか?」
直後――無数の弓矢が飛んでくる。
クラウディアは私の背後に立ち、矢を全てレイピアで捌いた。
「ふっ、おかしな奴だ。負けた以上、貴殿に従おう」
正面の鉄格子が空き、衛兵がなだれ込んでくる。
「くっ……さすがに生き当たりばったりだったか……」
「レイブ〜ン!」
空からラウアが降ってきた。
「おい、何をしている! 死にたいのか?」
「助太刀に来たぜ!」
「ラウアは戦えないだろ! 逃げろ!」
「イヤだ! ウチだって戦う!」
ラウアが短剣を構えた。
「クラウディア――退路を切り拓けるか?」
私は背後に立つクラウディアに目配せする。
「さすがにこの数はきつい……それに、元同士だ……傷つけたくはない……」
「つくづく君は騎士だな……」
衛兵たちが迫る中、私は最後の切り札を切る。
私はラウアの方を抱きかかえた。
「れ、レイブン何を……むっ、むー!?」
私はラウアの唇に思いっきり吸い付いた。
ラウアは手足をバタつかせている。
「お、おい! 貴様、こんな時にな、何を……!」
背後でクラウディアが叫んでいる。
私は知っている――愛は言葉なんかよりも、行動で示す方が何倍も効果があることを――。
グゥォォォォ!
赤い妖狐が再び顕現する。
やっぱり――日時は関係なかったんだ。
ラウアの標的は私になるはず。
クラウディアの手を引き、たじろぐ衛兵の合間を縫って逃げる。
確か、闘技場のすぐ、西は森だ!
……後は、王都の外へ逃げるだけ。
「レイブン……あれは、何なのだ!」
「愛に飢えた獣だよ……ともかく森へ逃げるぞ!」
生き当たりばったりだったが……ここまでは何とかなった。
問題はラウアが戻るかどうかだ……。
森の中――ついに、私たちは岩山の前まで追い詰められた。
赤い妖狐の瞳には私が映っていた。
ラウアは愛情が満たされると……獣になる。
であれば、逆はどうなんだ?
言葉は想像以上に相手を傷つける。
ラウアは妖狐になっている時は記憶もあると言った。
「ラウア、私はお前のことが嫌いだ!」
私の叫び声に妖狐の動きが止まった。
「おい、レイブン説明してくれ……」
「大丈夫だ。今、可愛い女の子を紹介してやる」
私は畳み掛けるように、妖狐に言葉を浴びせた。
「お前みたいな子ども、私の好みではない!
ガサツだし学もない、おまけに獣臭い!」
私の言葉に妖狐の体が歪む。
小さくなり、いつものラウアに戻っていた。
「う、うわぁーん。レイブンなんて、嫌いだー」
立ち尽くしたまま泣いていた。
直後に、クラウディアが走り出す。
……そして、ラウアを抱きしめた。
「大丈夫。あんな酷い男のことは忘れなさい。
私がついているから……」
クラウディアはラウアの頭を撫で、涙を拭う。
「ふぅ、ひとまずは何とかなったか……」
しばらくは身を隠さないとな。
とっさの機転で何とかなったが、まさか殺人罪に脱獄とは……私も大罪人になったものだ。
これから先なんて分からない。
今は生き延びたことを喜ぼう。




